25 墨悲絲染 詩讃羔羊

25 墨悲絲染 詩讃羔羊

     ぼくひ しぜん   しさん こうよう  

 墨子は糸が容易に染まるように、人が不善に染まりやすいことを悲しんだ。『詩経』の「羔羊篇」では羔羊(ひつじ)のような温順な徳性を讃嘆している。

 ここは注釈の助けが要る。墨とは戦国時代の思想家「墨子」のことで、「所染第三」にそのことが出ている。白い絲(いと)が染まるようにということである。黒い墨が染まる? 何色に? と感違いしそうだ。
 「詩」とは「詩経」のことで、羔羊(こうよう)はどちらも「ひつじ」。こひつじは跪いて乳を飲む、と言われている。性温順で、おとなしく、従いやすい。従いやすいのがよいのなら、為政者に染まりやすいほうがよいではないか。なかなか染まりにくく、事業仕分けでつべこべ言うのはオカミにとって御しがたい連中であろう。墨子は染まりにくい人間たれ、と言ったが、悪に染まりやすいマイナス面を取り上げているのである。

【字形説明】
 上の里の部分はヨコ棒ではなく点になっている。篆書字形に合わせたもので、旧活字もこの形をとっていた。
 糸の旧字である。もともと二糸を書いた。ヘンとツクリで下の部分を変えている。
 智永の「千字文」はこの字を、谷氏本ではサンズイに卆、関中本ではサンズイに丸と木に書いている。今はサンズイに九と木だからどれが正しいのか迷うところだが、文字構成としてはサンズイ(水の意)に朶(ダ 木の垂れている様)である。木を水に垂らして染めたのであろう。
 ゴンベンはこのようにも書く。(既出) 右のツクリの上部は兟が旧字。今は夫を二つに略している。
 「こう」と読む。羊の下の四つの点は「火」なのか「小」なのか二説ある。羔を「こひつじ」とする人は「小」だという。羊を火に焼くことは神聖な犠牲祭に通じ、美の意味だとする人もある。白川氏はどちらも否定し、四足説である。一人前の羊であってこひつじではないという。私には決着を付けがたい。



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