47 仁慈隠惻 造次弗離

47 仁慈隠惻 造次弗離

      じんじ いんそく  ぞうじ ふつり

 仁も慈も惻隠の情も、いかにあわただしい中にあっても離れることなかれ。

 仁は説明するまでもなく儒教のキイワードである。しかし慈は論語にはあまり出てこない。「孝慈なれば」(巻1-20)とあるが述語としてであり「慈」を「恕」のように主語には使っていない。私の意識では慈悲という仏教用語と結びついてしまうので、「仁慈」というとやや違和感がある。

 惻隠をわざわざ隠惻と逆にしたのは何故だろう。ここは韻を踏まなくてよいところだから、ポピュラーな惻隠でよいと思うが、作者がそこにヒネリを利かせた真意はよくわからない。 
 「造次(ぞうじ)」は次の句に出る「顛沛(てんぱい)」と同じ意味で、とっさの場合、危急の際を表す。
 弗は否定辞。勿(ふつ)と同じ発音である。「離る弗(なか)れ」と読む。

【字形説明】
 表記の字形は『干禄』では「通」とされ、「玆」を「正」とする。「滋、磁」などもこれに準ずる。しかし褚遂良も欧陽詢もヤヤコシイ字は書かなかった。下図1:干禄、上俗中通下正、図2:楮遂良(通を書いている) 図3:顔真卿(正を書いている)
 「隱」のように「氺」がつく画数の多い形を『干禄』では「正」とした。そこで天溪の書くような字形は「俗」とされた。しかしこの形は虞世南も楮遂良も書いている。下図4:干禄、上俗中通下正、図5:楮遂良(俗を書いている) 図6:顔真卿(正を書いている)
 告のタテ棒を下に突き抜けさせている。「篆意」をを加えたためである。
 「禸」のところは略さずに点を打ってもよい。

  図1       図2       図3       図4       図5       図6
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