がいじゅ ふくん じゅうほう ぼぎ
(男子は)外に出て先生のおしえをうける。(女子は)内にあって母のおしえをうける。
「外」と「入」が対句。本来は「外内」としたいところだが、59に「右通廣内」が出るので「入」とした。家の内外である。
男子は十歳くらいになると外の先生(傅)に師事する。師傅(しふ)とは家庭教師のこと。「受」も「奉」も同じ意味。ありがたく受ける(奉受)こと。
女子は外に出ず、家の内にあって母の儀(おしえ)をうける。「訓」も「儀」も同じ「おしえ」の意味。母から女としての教育、しつけ、たしなみを教わるということである。
女は外に出さない、という時代風潮はかなり長く続いた。日本でも「入奉母儀」の伝統により女子教育は遅れをとった。
【字形説明】
外 四画目は左にハネてもよい。最終画は右にハラってもよい。ここは次の「受」と隣りの「入」がハラっているのでトメたのである。
受 下部は「又」であるが、古くは「丈」であった。『干禄』で「丈」を俗、「又」を正とした。
傅 「ふ」と読む。「専」と似ているが「甫」に「寸」である。右上の点の有無で判断できる。中央のタテ棒を下につき抜けてそれらしく書いているのはわざと違いを示したのである。そこまでせずとも点があればわかる。なお「伝」の旧字「傳(でん)」には点がない。
訓 最終画を古くはLのように右に折れて書いた。『干禄』でそれを通とし、表記のように引く形を正とした。ゴンベンのこの形は前にも説明したとおり、楷書の一つのバリエーションとして憶えておきたい。隷書字形のなごりである。
儀 「義」の上は「羊」であるから、ちょっと下に出している。楷書としては出さなくても通用する。
下の「我」の部分は隷書の時代から「禾(のぎ)」に「戈(か)」をつなぐ形もあった。『干禄』でそれを俗とし「我」を正とした。
「43 外受傅訓 入奉母儀」の印刷用画面はコチラ
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