40 存以甘棠 去而益詠

40 存以甘棠 去而益詠

     そんい かんとう   きょじ えきえい

 (偉大な為政者が)この世に存在していた時は、(召公がその木のもとで民の声を聞いたように)甘棠(あまなし)の木を以って偉大さを思い、この世を去ったあとは、それを詠(うた)って徳を偲ぶのである。

 ここは注釈の助けが要る。周の武王の弟・召公は常に甘棠の木の下に坐って人民の訴えを聞いたという。甘棠(あまなし)という木がどんな木か私は知らないが、甘い実もなるのであろう。釈迦に菩提樹がある如く召公はこの木が人格の表象である。
 『詩経』にはそれを詠じて「蔽芾(へいひ=盛んに茂るさま)たる甘棠、 翦(き)ること勿れ、伐(き)ること勿れ、召公の茇(やど)りし所」(国風、召南、甘棠)とある。

 「存」と「去」が対をなしている。この世に「います」時と「おはさぬ」時である。

【字形説明】
 字形はム部で『干禄』もこの形である。しかし『康煕字典(1716)』ではもっと篆書に近づけて「厺」を「本字」とした。天溪もときどきこれを書いている。しかしさすがにこの字形は定着しなかった。(下図左)
 中央右部を活字のように「八」とハラう形と、表記のように「乚」に折る形がある。(ただし最後をハネない。)どちらも可だが、『干禄』では折るようである。
 『干禄』では「永」の最後の二画を「乚」とするのを「正」とする。しかし現行活字はそれに従っていない。(下図右)「永字八法」という筆法教示のおかげで、この形は歴史に埋没してしまったらしい。
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