えいぎょう しょき せきじん むけい
(事をなすにあたって大切なことを述べる。)栄ある事業は基(もとい)を重んずる所。本籍となる台帳が盛んであってこそ終ることなく栄えるのである。
「栄業」は栄(さか)んな事業。繁栄している偉大な仕事は基礎がしっかりしている。何事も、なすからには基本が大切である。
「籍」は本籍、戸籍の籍。もとの台帳をさす。「籍甚」とはそれが盛んなこと。「名声籍甚」とは戸籍のある故郷での名声が高いこと。のちに「籍甚」だけでその意味になったというが、ここでは名声のことなど話題にしていないし、むしろその逆であろう。故郷で名声が上がることなどを目的としていたら大事は成らない。そうではなく「もと」が大事だと言っているのである。「名声があがる」としている訳は「名声籍甚」の用例に引きづられてしまったのである。
【字形説明】
榮 旧字は上に火ふたつ。今は「栄」と略字になっている。天溪の書いた字は火の点をひとつ省いた省略形である。これはすでに隷書の時代に発案されており、「味な扱い」である。楷書の歴史を考えるうえで、このような省略美学が伝統としてあったことを忘れてはなるまい。
所 表記のような字形が初唐までに完成した形だった。『干禄』でそれを「俗」とし、今の活字のような「所」に直したのである。美的な彫琢を無視した「篆書がえり」を突然制定し、それが今も活字に踏襲されているわけである。
籍 37の篤の字のところで説明したように、竹カンムリの字は初唐までは草カンムリだった。『干禄』で多くは竹に直したのであるが、この「籍」は『干禄』でも竹と草の両方の字形を認めている。草カンムリの藉は草の名。竹カンムリは「簿籍」の籍、と意味の違いを示している。ここは「簿籍」の籍だから竹である。そこで篤の字を草カンムリに書いた天溪も、ここは竹で妥協している。ただ草カンムリの藉がどんな草なのか、そんな草が果たしてあったのか、よくは知らない。
甚 下部は表記のように匸に点を二つつける形が初唐までの楷書だった。『干禄』で「匹」のようにした。今の活字「甚」はこれにもとづく。書いてみると書きにくく初唐形のほうがスッキリする。
竟 読みは「けい」(漢音)。「きょう」は呉音で、仏教用語によく出る。「究竟一乗宝性論(くきょう・いちじょう・ほうしょうろん)」などである。
「38 榮業所基 籍甚無竟」の印刷用画面はコチラ
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