36 容止若思 言辭安定

36 容止若思 言辭安定

     ようし じゃくし   げんじ あんてい

(立派な人の)立ち居ふるまいは、礼法に適っているかを、厳かに思うがごとく、言葉を述べるときは落ち着いて穏やかである。

 ここは『礼記(らいき)』の「儼(げん)として思うが如くし、辭(ことば)を安定にす」という文言をふまえている。容止は容姿に同じ。「止」は立ち姿であろう。「儼」は「おごそか」。軽々しい身のこなしは挙動不審に思われてしまう。

 礼法、礼儀、礼節というような言葉が空疎になって久しい。先日、園遊会の出席者が「陛下に言われて」とテレビで言い放っていたので腰を抜かしそうになった。放映する前に言辞が適切かどうか検討しないのであろうか。

 「安定」は落ち着いて、おだやかなこと。安定した静かな語り口がとみに失われつつある。関西芸人の奇矯な、まくしたてる口調がちまたに氾濫している昨今である。

【字形説明】
 活字では画数が四画となってしまうが、書道では表記のように三画である。「L」の右に点ふたつ(ハ)をつける書き方も広く用いられていたが、『干禄』で「止」ときめてしまった。
 クサカンムリを「並」の上部のようにする書き方も楷書の常道であるが、『干禄』ですべてそれを「通」とし、「正」ではなくしてしまったため、字形としてはスマートでなくなってしまった。
 今の活字「辞」については『干禄』に「辞と作るは非也」とある。『干禄』に従うばかりの活字がここでは従っていない。また右側が「辛」となっているところは、表記のように下部を横二本とするのが正しい。『干禄』も二本である。ここでも活字が従っていない。(漢和辞典では「辛部」に組み入れているのでツクリといわないでおく。)左側は正確に書けば冂の中は「ム」の下に「ヌ」と書く。表記の天溪の書はムとヌを合体させている。
 多くの楷書はウかんむりの点を打たず、女の第一画を上に突き出すのである。このほうがはるかにスタイリッシュなので、楷書としての完成度が高いと思うが、『干禄』は篆書形への回帰をはかるアナクロニズムなので、それを「通」として表記のようにするのが「正」だとした。
 楷書の伝統ではウかんむりの下に「之」と書いた。表記の天溪の書は「之」の第一画を横線にかえ、「定」に近い形をとっているが、もちろん点でもよく、草書も「之」を書く。『干禄』で「之」を「通」とし、定を「正」としたために、今の活字もこれに従っている。


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