かいかん かたん りんせん うしょう
海の水は塩からく、河の水は淡い。鱗あるもの(龍)は水に潜り、羽のあるもの(鳳)は空を翔る。
「醎(かん)」は塩からいという意味。河の水は味がない。注では河は黄河だとするが、揚子江の水も淡いわけで、どうしても黄河でなければならぬということはない。ここは一般に川の水を言っているのであって、字を「河」にしただけである。多くの注釈書類は一字一字にこだわって意味を分けて説明する。しかし「千字文」の第一前提は「同じ字を使えない」のだから、河を川にすれば別の場所に影響する。そこで河にしたので黄河を指したのではない。
鱗のあるものはもちろん魚で、羽あるものは鳥である。しかしここは次の句への橋渡しを兼ねており、龍と鳳凰を暗示させている。次からは、太古の歴史に話題を移す都合があって伏線をはったのである。この「つなぎ」を見落としては作者・周興嗣の苦心も報われない。
【字形説明】
醎 酉に書くが篆書では「鹵」とする。中がゴチャゴチャするのでいつしか酉になってしまった。篆書至上主義者の高田忠周(たかだただちか 1861~1946 五体字類の著者)は「俗に醎に作るは非なり」とにべもない。しかし楷書には楷書の伝承があり、篆書の字形を外れたものも少なくない。唐の「干禄字書(774年)以来、「楷書の篆書がえり」が、お上からのお達しとして起こり、楷書は自然発生史的にはない形体が突然表れるという二重構造になった。楷書字形は「干禄字書」以前と以後とで分かれてしまうのである。これについては別稿「楷書字形の変遷」をお読みいただきたい。
潜 表記の字形が正しい。夫を二つ並べる活字形は『五経文字下』でも「訛」だとしている。また『干禄字書』以前の旧字形では日の上に一本横線を引くが、これは隷書を踏襲した形で、行、草書も横線を加える。旧字楷書形はこのように隷・行・草と整合することが多い。
サンズイ このページにはサンズイが四つ出る。微妙に書き分けていることに注意。
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