活動報告&ニュースリリース

2008年7月の記事

蒲田令望書作展のお知らせ >>> 2008/07/13

きたる9月12日(金)~17日(水) 国分寺市南町3-9-25 次男画廊で11時から6時まで(最終日は4時まで)

アクセス: JR国分寺駅 南口よりまっすぐ。50メートルほど先の左側。
画廊の電話: 042-325-5897

青溪会代表幹事の蒲田氏の個展。今回は26点の漢字作品を展覧。書刻、陶板、書軸、書額と多彩。
昭和29年天溪門下となって書の道50年の総決算。


書に魅せられて 蒲田令望(青溪会代表幹事)


<<蒲田氏の寄稿>>


■天溪先生の印象

 小学生のころ町の書道塾に入ったが、戦争が激しくなり頓挫。高校最後の年に書道部に誘われた。私の書との関わりはこの畏友のお陰である。
 昭和28年、会社に書道部が設立され、はじめて岡村天溪先生から本格的な指導を受けることになった。
 先生は和服に袴姿、ヒゲをはやされて座して居られた。私は書家とはこのような人をいうのかと思った。寒くなれば当時でも珍しいトンビをまとい、その風貌は異彩を放っていた。恰好よく、ダンデイな先生でもあった。酒も煙草も嗜まれず、せいぜい喫茶店にお誘いするぐらいである。

■きびしい指導

 先生の書に取り組む姿勢はきびしく、会社のクラブであっても容赦することはなかった。同じ字を数カ月も書かせることもあり、耐えられずに退部する人もあったが、添削なさりながら、洒落が漫談になることも多く、私はいつの間にか先生の巧みな話術に引き込まれてしまうのだった。

■若き日

「令望」という雅号をいただいたのは私が中央区書道展で連盟賞を受賞したあとである。
 若いときにはこの雅号の意味やその重みなど考えたことなどなかった。「令」は冠をつけて神前にひざまずく形。「望」は目を見開いて先方を仰ぎ見る人の姿。後年この二字のうちに先生の思いが身に沁みる。
 書をみくびっていたかもしれない。先生に生意気なことを申し上げたり、勉強にもお座なりなところがあった。若気の至りとは申せ、汗顔の極みである。
 また書は黒と白、単調でつまらない。むづかしい、と筆を持つのをやめようと何度思ったことか。

■むづかしい、やさしい

 吉川英治の『草思堂随筆』に含蓄のある一文がある。
「むづかしいとしたら、極まりなくむづかしい。やさしいとしたら、これも限りなくやさしい。すべての道がそうである。むづかしいと近づき難くするのもまちがいなら、やさしいと見くびって何もかも安易に形の真似事だけにしてしまうのも堕落である。やさしい、むづかしい、どっちも本当だ。然し道を踏んで踏んで、踏み越えて真にむづかしさを苦悩した上で初めて「やさしい」を知った人でなければ、ほんものではない。近代人は実践は嫌いで、頭と理論だけで何もかも分かった顔をするが、総てに底の浅いあやうげな気がされてならない」
 次第に私は書のおもしろさ、楽しさも知るようになった。何事もうわべだけ繕ってもダメ、不断の努力を怠らず、克己心を養うことだろう。自戒をこめて。

■手ごたえのある手本

 天溪先生の楷書は端正で穏やか、習いやすく親しみの持てる字のように思われる。
 しかし一旦筆を持つと、そんな安易なものではない。構成のすみずみにまで心が行き届いており、一点一画に長短、軽重、高低と、すべてに周到な配慮がなされていて、しかもそれが自然体のごとく書かれている。習うほどに重みを増す楷書である。
 先生は「手本は手ごたえのあるものでなければならない」と述べられたことがある。
 手習いの基本は学であり、まねる、ならしてゆくという意味である。習は手習いのこと。失敗しては繰り返す、試行錯誤して蓄積されたものが力となる。
「己を正して学習すれば手本のウラ側がわかる」と先生はおっしゃるが、手本のウラはなかなか読めない。

■漢字とかな

 町の書道塾やカルチャー教室では、楷、行、草、篆、隷、それにかなまで書かせているところが多いと聞く。漢字もかなも習いたい、という人に、併行は絶対に許されなかった。
 漢字は中国で生まれ、かなは日本で創造されたものだから、かなを学ぶ人はかなのみを専攻し、漢字の人は五体を究めることを本来のあり方としている。漢字はその構築、かなは繊細優美な線質である。それ故、筆の扱い方、運筆が異なる。書という同じ分野ながら異質なものである。したがって併行して習えば線が崩れるからである。

■墨の匂いがするほど

「一字を千字書くこと。墨の匂いがするほど。先に進むことだけが勉強ではない」。
「書は伝統芸術であり、先人より受け継いだものである。漢字は五体を書くこと、そうすれば楷書がわかってくる。ひとつの書体を学ぶごとに他の書体が理解できるようになる。現在は伝統芸術を無視している。我々は後世にこの伝統を残してゆかねばならない」ともおっしゃった。
 鳴鶴も多聞、多見、多作に努めなければ上達しないと書いている。

■楷書を究めることの大切さ

 天溪先生はかつて「鳴鶴以降、楷書を書けるのは松本芳翠と私だけだ」と豪語されたが、それは決して誇張ではなく『岡村天溪楷書の世界・五十音引き楷書集』によっても明らかである。
 今の時代、口では楷法の重要性を説いても、それを自らの作品として世に問う書家はほとんどない。これは結局楷書のきびしさに帰着する。
「人は紋付、羽織袴で威儀を正すことより、浴衣姿でくつろぐほうが楽でよい、という思想が現代書道の底流になっている」と、柳田泰雲も書いている。天溪先生が憂いておられたことと同じである。

■明、浄、直

 先生から「あなたは字が好きだね。だけど字を知らない」と言われた。
 漢字は表意文字である。その文字の形、音、義を正しく理解しているということが「字を知る」ことである。
 私は漢字が好きである。古人が編み出した漢字の知恵というものに敬服する。

■書道ブーム

 私達は毎日夥しい文字に接し、その恩恵を享受しながら、文字を無自覚、乱雑に扱ってはいないだろうか。
 パソコンや携帯の急速な普及で、人が文字を直接書くことが少なくなった。キーを叩いて出すことを「書く」とは言わない。
「書道ブーム」「漢字ブーム」という風潮はかなり前から続いている。書店には書の手本、漢字検定のテキストが棚を埋めている。機械でくりだされる情報の洪水、機械的な紋切り型、画一的な生活の中で素朴で人間的な毛筆書きが新鮮にうつるのかも知れない。

■基本を教えよ

 筆ペンはこんな願望に応えるものだろうが、毛筆まがいのうわべだけにすぎない。筆の持ち方が基本中の基本だと思うが、学校できちんと指導されているとは思えない。
 書き取りでトメるかハネるか、線をツケルかハナスか、などどうでもいいこと。こんなことで生徒を苦しめるから漢字嫌いにさせ、書かなくなってしまう。もっと漢字を楽しく教えたいものだ。
 人差し指と親指とを向かい合わせに持てば力を入れずとも自ずから力が伝わる。ところが人差し指が親指の下を巻き込み、または親指が前方につき出して握るように持っている。正しい持ち方が忘れられている。

■活字は絶対ではない

 私たちが目にする活字は、明の時代に印刷を目的としてデザインされたもので、機能性を高めるために正方形にできている。「活字は絶対」という思い込みが、前述のような書き取りに弊害があらわれてしまう。活字は楷書ではない。

■表音文字化する簡体字

 日本では電子機器の普及で書くべき文字がキーを叩いて選ぶものへと変容し、中国では人民の識字率アップのため簡体字政策で大胆な文字革新を行った。このため表意文字である漢字は表音文字となりつつある。もはやこれは漢字ではなく符号と言ってもよいかもしれない。漢字の原形を踏まえなければ表意文字ではないと思う。漢字は相互に関連性を持っているので案外容易に理解することができ、漢字創成の知恵に楽しく浸れるようになるものである。

■私の夢舞台

 平成4年2月に先生と永遠のお別れをしてから、この先どのように勉強したらよいのか苦悩の日々であった。しかし、「親父の背中を見て育ったが字の手ほどきは受けていない」と言われるご子息が、天溪先生の技術的、理論的なことすべてを吸収され、我々にご指導くださるのはうれしいことである。
 天溪先生は書道文化の故郷、中国北京で恩返しの個展を開かれた。私も書の魅力を教えていただいた先生に感謝の気持で書作を発表することにした。天国で先生はどんなお顔をしてご覧になるだろうか。「恥をかかないで字を書け。弟子の恥は師匠の恥」と言われたが、「先生に恥はかかせません。明るい字、清らかな字、正しい字を堂々と書きました」と緑したたる多摩の墓前に報告した。
 先生は私のなかにおいでになる。いつでもお目にかかることができると思っている。先生の教えを忠実に、伝統を継承していきます。とにかく私の夢舞台をご覧になってください。



2008年7月のコラム

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