2009年4月 会員の作品
賛美神
神を賛美す
作者はクリスチャンで、「信」「望」「愛」の三部作を試み、ついでこの「賛美神」を彫った。このように制作の動機は人によってさまざまで、書はいかようにも対応できる。私は「何を書きたいのか」を大切にしたい。
先生のお手本ばかりに終始する人に、決定的に欠けているのがこの根本的な部分である。いつのまにか、自分が何を書きたいのか、考える自分がなくなってしまう。止むに止まれぬ内的衝動を書に託する迫力のない作品をぶらさげたとて何になろう。
美神を賛ず、と読んだ人もありそうだ。確かに中国語は動詞がアタマにくるので賛・美神でも通ずる。これだとクリスチャンでなくともよさそうだ。中国語文法のあいまいさが、かえって融通性をよくしている。ちなみに「賛」は「讚」に同じ。
上部の白い点々はフラッシュの光があたって下地の黒漆がテカったものである。素人写真ですみません。
篆書 書刻 朴板 浮出彫 金箔
作者 鈴木世紀子
制作 2002
番号 会00040
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/04/10 上に戻る
雲薄翠微寺
雲は薄し翠微寺(杜甫)
「翠微寺(すいびじ)」は実際にある寺の名。翠(みどり)が微(わず)かなる寺というので、詩人の心が敏感に反応し、「雲は薄し」とあわせたのである。このように寺名や地名をたくみに取り込むうまさは杜甫の独壇場である。文字に対する感性のひらめきを私は感ずる。寺には山号というのがつきものだから、さしずめここなどは「雲薄山」(うんぱくざん)・翠微寺」としたいものだ。
板はヒノキで幅もあり良材である。この5文字の背景になっている空の色を文字にあてはめた。
隷書 書刻 ヒノキ板 彫込 峰彫
23×48
出典 杜甫
作者 高倉朋溪
番号 会00039
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/04/02 上に戻る
