2009年3月 会員の作品
松樹千年之翠
松樹 千年之翠(みどり)
陶皿に墨呉須(すみごす)で字入れをしている。(陶芸では「絵付け」というがこの語は我々にはなじまない)。
紙とは勝手が違って、土(粘土)に書くのだから、それなりの工夫が要る。筆に絵具を含ませるのが勝負どころで、乳鉢に溶いた絵具を均一に攪拌して濃度を定める。絵具はすぐに沈殿して上澄みがたまってくるから、そのつどコマメに攪拌する必要がある。書く身になってみれば中断を余儀なくされて、いやなものだが、手抜きはできない。書くことに熱中するあまり、上澄み液ばかり掬い取ることになりがちで、そうなると字はだんだんぼやけてしまう。困ったことにそれがわかるのは焼きあがった後なのである。
というようなことで、書道展に陶器に書いた作品が見られないわけがお分かりになろう。
かな 陶皿 墨呉須 徑27
作者 野呂純子
制作 2002
番号 会00038
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/28 上に戻る
酔時百歳
酔時百歳(すいじひゃくさい)
いうなれば百年間も酔っ払いっぱなし、ということよね。飲むにも程度というものがあるんじゃないの?
いやいや、これこそ呑兵衛垂涎の境地だ。至福の心ここにありだ。
アル中ってことじゃない。
わからん御仁だな。あなたに酔って百年ってくどかれてみい。ほら、まんざらでもない顔になった。
山下君のたしかこれが第1作だったと思う。酔っぱらった色はどうする? と聞いたら「じっくり考えます」と言って、一週間後に「歌舞伎の幕を見てこれだ、と決めました」と語っていた。緑と橙と黒の伝統の色に学んだのである。こういう感性の若者もいるのである。
隷書 書刻 小額 朴板 峰彫 15×45
作者 山下 真
制作 2003(青溪会書刻展)
番号 会00037
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/21 上に戻る
言忠信 行篤敬
言は忠信 行は篤敬(論語)
言は左右して行は無し、という総理大臣を戴いている国民だから、「論語」のこんな文句を見ると恥ずかしくって顔をあげられません。
作者は30代の若者。モミの木はたいへん堅いのだが、そこは腕力でねじ伏せるだけのパワーがある。浚うのだけでも大変だ。芯のある腰の据わった隷書を書く。この語句は自分で選んだ。
隷書 書刻 楹額 モミ板 浮出彫 総浚
金箔押 24×100
出典 論語「衛霊公」
作者 山下 真
制作 2003
番号 会00036
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/15 上に戻る
擧頭望山月
頭(こうべ)を擧(あ)げて山月を望む(李白)
李白の有名な詩で「このあとに「頭を低れて故郷を思う」と対句になっている。ここでは頭を擧げたほうを取り上げて、前向きの作品にしている。つまり、この語句だけにすると、背筋を伸ばして目標をきっと見据えているイメージである。このように原詩のコンセプトから離れて鑑賞することができる、というのも書の楽しみのひとつである。
これは平成15年の「青溪会書刻展」の出品作。地には岩絵具の赤を撒いてあざやかな仕上げになっている。
隷書 書刻額 桂板 浮出彫 銀箔押
25×85
出典 李白
作者 森 金星
制作 2003
番号 会00035
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/14 上に戻る
秋夜長
秋夜長し(白居易)
ヒノキの板に三字。白い肌に群青の色が冴えている。
板に書を彫るには、文字部分を掘り込むものと、浮出すものとの二通りがある。「凹彫り」「凸彫り」と書いている本があるが、凹凸は製版上の言葉で、印刷の版面のこと。日本の木彫にこんな用語の伝統はない。刷るための凹ではないのだから、「文字彫り込み」というべきだろう。文字を扱う人なら漢字には敏感であってほしいと思う。
さてこれは「文字彫り込み」の「峰彫り」である。文字の中央に三角の峰ができ、そのとがらせ方や、残し方によって、書刻の初心者でも面白い作品に仕上がる。技法的には「打ち込み」と「ハツリ」だけ。単純でありながら、表情豊かで奥が深い。
行書 書刻 額 ヒノキ板 彫込 峰彫 23×48
出典 白居易
作者 森 金星
制作 2003
番号 会00034
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/12 上に戻る
時雨

時雨(しぐれ)
秋田杉の木目が美しい。その中に陶板を埋め込んで、さらりと二字、時雨(しぐれ)。粋なあそび心がうれしい。
作者である森久代さんは天溪のお弟子。茶道、華道の先生として、ここ青溪書苑でも華道教室を担当してもらったが、先年惜しくも急逝された。書も巧みで伝統文化を体現している稀有な存在であった。私の個展や青溪会展では、着物姿に背筋を伸ばして受付をされている姿をごらんになった方も多かろう。書の楽しみ方、使い方をよくわきまえて勉強される彼女の取り組みは、青溪会の手本であった。
森さんを偲んで彼女の作品を続けてご紹介する。
行書 陶板 古代呉須 25×8
作者 森 久代(雅号:金星)
焼成 八王子焼窯元:工藤孝生
制作 2005(青溪会書刻展出品作)
番号 会00033
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/06 上に戻る
古木無人徑 深山何処鐘

古木 人徑(じんけい)無し
深山 何処(いずく)の鐘ぞ(王維)
読んで字のごとく、わかりやすい。字も楷書だからわかりやすい。最近の書展は「わかりにくく」なった。読めないものを「これでもか」と繰り広げるので、ますます書道ばなれを加速している。まともなことをひたむきに見せることに勇気が要る時代になった。
楷書は作者の姿勢がおのずと表れる。これがやっぱり書の基本で、一生の課題ではないのか。
楷書 書軸 紙本濃墨 50×100
出典 王維
作者 町田由溪
制作 1998
撮影 タカヒコ
番号 会00032
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/05 上に戻る
石林精舎 武溪東・・・

石林の精舎(しょうじゃ) 武溪の東
夜に禅扉を叩いて遠公に謁す
月は上方に在りて諸品(しょほん)静かに
僧は半偈(はんげ)を持して萬縁(ばんえん)空し(郎士元)
このサイズを「全紙の半分」という意味で「半切(はんせつ)」という。紙によって多少の違いがあるが、大体35×140くらいのサイズである。軸装にすると、この周囲に布がつくので幅、上下とも大きくなる。半切は書道の基本単位。絵画では「1号いくら」というが、書では「半切一本いくら」となる。
それはさておき、これは七言絶句(7字4行の28文字)。半切に3行書きをして落款が入り、ちょうどよい収まりである。
字は行草書。ところどころ行書を交えて「読みやすく」している。品のあるおだやかな筆致がすばらしい。
行草書 書軸 紙本濃墨 半切
出典 郎士元
作者 高倉朋溪
制作 1998
撮影 タカヒコ
番号 会00031
作者 : 4.会員
掲載 : 2009/03/01 上に戻る
