キッズコーナー
最新10件の作品掲載です。 全ての掲載作品をご覧になるにはこちらをご覧ください。
般若心経

菊地裕一(小6)
紺紙金泥 74×54.5
小学生の写経というのは見たことがない。年寄りがするものだという固定観念があるからだろう。習ったことのない字が多いということもあろう。内容がわからないということもある。第一、写経する動機がない。たいていの人は何らかの信仰上の契機というものに後押しされて写経に向かうのである。
しかし子供が書いて悪いことはない。写経には純真な心が大切なのである。学校で習う字は勝手な略字で、点数のためのものに過ぎない。子供には「本物」を教える義務が私にはあると思っている。意味がわからないのは大人も同じで、写経する大人が「般若心経」の深遠な意味をすべてわかっているとは思えない。
要するに大人になって腑が落ちるように子供のうちに種をまいておくことも私の仕事のうちである。教室で大人が写経を習っているので、それを見て「僕もやりたい」といったのが「縁」である。
この練習は効果があった。金泥で光らせるためには筆をゆっくりと運び、金が穂先に下りてくるのを待たねばならない。筆の運びが慎重になり、字形も格段に緻密になった。小楷(しょうかい=楷書の小文字)は大人でも難しい。それに「金」は厳かな気分にさせ、緊張させ、真剣さが墨とは格段に違う。これで裕一はひとまわり大きくなった。
番号 児00014
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2010/01/23
今年のTシャツ
毎年恒例のTシャツ・プリントである。自分の書いた字を着るのも「お習字の楽しみ」のひとつであろう。昨年は「広場ニュース」に掲載したが、今年はこのコーナーにまとめてキッズ作品をお見せしよう。









番号 児00013
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/07/12
とうもろこし
菊地裕一(小1)
書 半折1/4
「今日は何を食べた?」「とうもろこし」「うまかったか?」「うん」「じゃ、とうもろこしと書こう」
書は気負いこんで書けばいいというものではない。何よりも身近かなものにしてしまうことも大切だ。うまい下手は大人の邪見である。
うまかった、という気持ちが伝わってくるようだ。
よく見ると「ろ」という字が右に寄ったので「こ」で少し中央に戻そうとしている。これが空間把握センスというもので、子供には先天的に備わっている感性である。そういえば、この小学校では全員に一輪車を教えるそうだ。お習字のためにもよいことだ。
番号 児00012
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/06/20
雨上がり
小嶌裕貴(3年)
書 半切 1/4
子供に書を教えるときの私の基準は、能楽の世界の「子方」である。ご存知かと思うが、能には子供が登場する。彼らにもちゃんとセリフがあり少しは謡もある。このとき子方は一本調子で、一語ずつ大きな声で「い・かに・べ・ん・け・い」と甲高い声で言う。ここには演出が一切なく、義経らしい声とか節回しとかを全く「させない」。
これは長い歴史の中でつちかわれてきた、すぐれた教育方針であろう。世阿弥の『遊楽習道見風』に出ているメソッドであるが、いずれ書におきかえて、引用しておきたいと思っている。子供にはこざかしいことをさせずに、ただ大きな声でまっすぐに声を出すことだけである。変声期になると舞台から遠ざけて、囃子の稽古などを加えるという。こうして名人が出るのである。
書も同じだと私は思っている。お手本なるものを与えてコマッチャくれた字を書かせる必要はない。それよりも、のびのびと筆になれることが大切である。正しい筆の持ち方と、筆を垂直に立てることだけを徹底する。
番号 児00011
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/06/06
梨花 白雪香る
友野由梨(中1)
書刻 ホウ板 峰彫 胡粉
青貝箔 20×75
2008年5月
第一作。梨は自分の名。香はお母さんの名。書はこのような趣向をさりげなく布置することができる。青貝箔がなかなか活躍している。
一年に一作ずつ作れば足跡の記念になる。毎週一回ずつ少しずつ彫り進めればやがて立派な作品ができるのでお習字教室も楽しいひとときになる。
筆で紙に「おけいこ」をする以外に、私の教室では印刻も教えている。はじめはひらがなで自分の頭文字を、中学生になれば篆書を彫る。少しずつ慣れるに越したことはない。またTシャツに自分の書いた字をプリントすることもある。これはすでの「広場ニュース」で昨年紹介した。書の表現方法はいろいろある。面白いと感ずればキッズも真面目に取り組むのである。
番号 児00010
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/05/30
光る月
小嶌裕貴(小2)
書刻 タモ板 彫込 峰彫
白群青 20×40
2008年3月
裕貴は早生まれなので私が教えた中では最年少の書刻かもしれない。大人の彫った板の余りがあったので、それを使った。おかげでタモはタモでも神代タモという上物である。
最近の学校では刃物は危険物で持ち込み禁止らしい。刃物の正しい使い方は一体誰が教えるのだろう。どうすれば安全か、どう使ってはならないか、やはり低学年のうちに実物教育をするのがよいのではなかろうか。案外真剣に聞いてくれるものである。刃物を使ったあとの達成感を味わうのも大事なことである。
ノミを板にあてがって木槌で打ち込むとき、2年生くらいでは刃先がスベる。そこで刃先を指先で支えてやるとよい。はじめはこわごわだが、子供は慣れるのも早く、上手に刃先を固定できるようになる。案ずるよりやらせるが早しである。
番号 児00009
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/05/24
深山幽谷(しんざんゆうこく)
清水健聖(5年)
書刻 シナ板 彫込 峰彫
文字色 浅青 青貝箔 20×67
2006年11月
作者の第2作。5年生になると字もしっかりしてくる。そろそろ子供の字から脱皮をはかる時期にさしかかる。じっくり自分の字と向き合うには書刻が最適。およそ2ヶ月ほど取り組むわけだから、この4字といやでも向き合うことになる。なかば工作だし、腕力もついてくるので、彫りに熱中して彫りすぎないよう注意が必要。健聖は第一作で大穴を作ったことがある。
この箔は銀をベースにした色彩箔で、派手なようで渋く大人でも使いたい雰囲気である。日本古来の伝統的な画材をたっぷり使わせることが、文化の芽を育む手っ取り早い方法であろう。ついでながら、上部の下げ紐は池の端「道明」の絹の丸紐である。会友の森金星さんの置き土産で皆で大事に使っている。
健聖は早くも中3になっている。
番号 児00008
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/05/15
ほりのうちまりこせんせい
小嶌裕貴(小1)
書 半切
作者はもう4年生になっている。これは1年入学そうそう、担任の先生の名前をかいたもの。
私は最初に名前からはじめる。自分、親、友達、先生。字は人との交流の基本だから、まずは身近かな名前を大きく書くのである。
これだけの字数を上から下までに収めて、しかも紙の真ん中に配することは、大人だって簡単ではない。小さくても空間把握能力があるので、裕貴は二枚目で納めてしまった。たいしたものだ。
「希望の国」とか「美しい日本」のような、大人の押し付けはそらぞらしく、そんな見え透いた美辞麗句は子供には無用だと思う。そんなことを書かせるウサンクサイおじさんだと、あとになって思われるのは心外である。後生畏るべし。私がそうであったように、じきに批判力がつくのだから、私だって真剣味がなくちゃあ、ね。
番号 児00007
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/05/10
笑顔健康
高橋桃子(小3) 
書刻 朴板 浮出彫 金箔押 15×76
2006年
桃子の第2作。文面は自分で決めた。私などは大人の打算が働いて「笑顔」は書きにくい字だから「家族健康」とでもしようか、と思うのだが、本人はコンニャク畑のコマーシャルみたいでいやだと言う。
「笑」という字はまことにイヤな字で、私が書くといつも怒ったような字になってしまう。このような微笑みのある字にはとうていかなわない。
板に巾があるので左右に下地の黒を残して「枠浮出し」の形にした。朱と黒とのコントラストは映えるものである。
写真は素手で箔押ししているところ。
私が耄碌するころには桃子は助けてくれるだろうか。
番号 児00006
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/05/03
大草原馬頭琴
菊地裕一(小3) 
書刻 朴板 浮出彫 銀箔押 15×76
2006年(平成18)
(掲載が前後してしまいましたが、私の錯覚でこれが裕一の第2作でした。平成18年の9月に板を買いに行き、完成は11月です。)
「スーホの白い馬」の全文をノートに書いて一冊にしたところで、この6字を彫ることにした。本人の意思である。
琴という字はまだ習っていない。いようがいなかろうがお構いなく挑戦するのが子供のよいところで、「何年生になって習う字」にこだわるのは大人の勝手な配慮である。
クサカンムリは学校でこうは習わないはず。しかし私は伝統を教えるのが仕事だから、略さない。インスタントな字は所詮はインスタントであり、こんな理屈は3年生になればわかる。
彫っている写真がある。
コッパを板の外にポンと飛ばしてみせると面白がって真似る。5分くらいでコツがわかって「場外ホームラン」と得意になっている。男の子は単純でよろしい。
番号 児00005
作者 : 5.キッズコーナー
掲載 : 2009/05/03
