岡村友子の作品
やがて手本にも

《中段》 やがて手本にもし給ふべきを選(え)らせ給ふ。いにしへの上なききはの御手どもの、世に名を残し給へるただ人のも、いと多くさぶらふ。(源氏)よろづの事、むかしには劣りざまに浅くなりゆく世の末なれど、
《下段》仮名のみなん、今の世はいと際なくかしこくなりにたる。古き跡は定まれるやうにはあれど、ひろき心ゆたかならず、一筋にかよひてなんありける。
《上段》妙にをかしき事は外よりてこそ書き出づる人々ありけれど、女手を心にいれて習ひしさかりに、こともなき手本おほくつどへたりしなかに、中宮の御はは宮す所の、心にも入れず、走り書き給へりしひとくだりばかり、わざとならぬを得て、きは殊におぼえしはや。さて、あるまじき御名もたて聞こえしぞかし。(源氏物語・梅枝)
いささか長い文章を掲げたのは、ほかでもないこの「梅枝」には書に関するコメントがふんだんにあり、ここは源氏がその鑑賞眼を示しているところだからである。書にたづさわる者にとって、当時のかな書がいかなる鑑賞眼にさらされていたか、ぜひとも読んでおきたいくだりである。
「よろづの事、むかしには劣りざまに浅くなりゆく世の末なれど」と源氏が言っているのは、今の時代にもあてはまる知識階級のくりごとだが、「かな書ばかりは、さにあらず、今のほうがはるかにレベルが高い」と言っている。とりわけ源氏が高く評する「六条御息所」の筆跡は、さりげなく、走り書きのひとくだりですら、わざとらしくない自然体で、「きは殊におぼえしはや」と絶賛している。
ただし、あまりにうまいので、かえって浮き名を流すのに役立っている、と自己弁護をこめて釘をさしている。源氏は彼女がもう少し下手であれば話題にもならずに済んだのに、と片腹痛く思っていたのであろう。六条御息所は葵上の枕元に立ち現れてやんごとなき人にふさわしからぬ「うわなり打ちのおんふるまい」(後妻いびり)をしたとして有名であるが、能筆家であったことも心にとめておきたい。
かな 額 半懐紙 和画仙染紙 45×35(本体)
出典 源氏物語「梅枝」
制作 2001(個展)
番号 友00058
作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2010/02/19
