2010年5月 岡村友子の作品
いだきとり給へば

いだき取り給へば、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて、白ううつくし。大将などの児生ひのほのかに思しいづるには似給はず。女御の宮たち、はた父みかどの御かたざまに王家づきてけ高うこそおはしませ、殊にすぐれてわららかに、めでたうしもおはせず、この君いとあてなるに添へて愛敬づき、まみのかをりて笑がちなるなどを「いとあはれ」と見給ふ。思ひなしにや、猶いとようおぼえたりかし。(中略)おほかたの世の定めなさも、おぼし続けられて、御涙のほろほろとこぼれぬるを(源氏物語「柏木」)
源氏が薫を抱いて、思いなしか柏木に似ていると思うところ。源氏物語絵巻にもあるスリリングな場面。四十になった源氏が迎えた妻・女三宮は、柏木と密通し薫を産んだあと出家。露見におののく柏木もやがて病死するはこびになる。
上のかな作品では「父帝」と書いてあるのに、下の釈文は「父みかど」となって整合しないがどうしてか、というお問い合わせがあった。原則として「かな書」は変体がなを含めた「ひらがな表記」である。しかし「こおひ」では分りにくいので「児生ひ」と、作者が気をきかせることもある。また「うつくし」としようか、ここに漢字を使って強調しようか、と作品の効果のために「美くし」とすることもある。私のつける釈文(しゃくもん=読み)は原則的に岩波古典文学大系の山岸徳平の記載に従っている。この注釈書は理解しやすくするためにできるかぎり漢字化しているが、紫式部はほとんどを「かな表記」していたであろう。作者も山岸本にもとづいて作品化するので、山岸本から、いかに漢字を減らすかに腐心しているわけである。したがって上の釈文は作品の表記とは整合するところも、しないところもある。
かな 書額 全懐紙 中丸金蒔絵料紙 50×36(本体)
出典 源氏物語「柏木」
制作 2001(個展)
番号 友00062
作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2010/05/23 上に戻る
住の江の(2)

住の江の 岸の松原 遠つ神 わが大君の いでまし処
(万葉集)
紙が違うとこれほど印象が変わる面白い例である。この料紙はわずかに横にたなびく霞柄で、いわば「普通の」ものである。マットもおだやかな色で、無難に収まっているので、あまり冒険をしていない。前掲作のほうがプロうけねらいと言えよう。こちらの作は展覧会には出さなかった。書いたご本人はご不満のようであった。
かな 書額 紙本濃墨 45×44
出典 万葉集3-295
制作 2010
番号 友00061
作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2010/05/05 上に戻る
住の江の(1)

住の江の 岸の松原 遠つ神 わが大君(おほきみ)の いでまし処
(万葉集)
この四月の「青溪会展」の出品作。高齢なので新作をすぐに収録します。
用紙は鳥の子「唐紙」の裾模様のところを使っている。雲母(キラ)でキノコみたいに見える図は「光琳松」と呼ばれる意匠で、尾形光琳のデザインである。この紙に書くために、万葉集の松の歌を探したのである。
このような柄はポンポンと松が点在していて、その上に書くのはかなり難物である。柄をよけると散漫になり、柄に字を重ねるとそこだけ重くなって、バランスをとり難くなるのである。これもバラケているが、額のマット部分を広く、やわらかく広げることで回避している。フランス製の縁との調和を最大限にはかった試み。参考のため、次にもうひとつ「おとなしい」紙に同じ歌を書いた作品を出します。
かな 書額 唐紙濃墨 45×44
出典 万葉集3-295
制作 2010(24回青溪会展)
番号 友00060
作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2010/05/05 上に戻る
