2008年7月 岡村友子の作品
源氏香(げんじこう)尽くし

2004年1月に発表した180×60の大作。源氏物語の中から「香」に関する部分を選び出して集約したもの。
「梅枝」「若葉下」「絵合」「末摘花」の巻からなる。料紙にはそれぞれの巻の香紋を配した。
香どもはむかし今のと・・・たてまつらせ給ふ(梅枝)
あざやかなる御直衣(おんなほし)・・・御殿(おとど)のあたりの匂ひなり(若菜下)
薫衣香(くぬえかう)またなきさまに・・・ととのへさせ給へり(絵合)
しのびやかに衣被(えび)の香いとなつかしう薫り出でて・・・いはぬたのみに(末摘花)
かな 書額 楮(こうぞ)麻紙肌 源氏香紋砂子 180×60
出典 源氏物語 山岸徳平校注(岩波)
制作 2004年(銀座松坂屋別館カトレヤサロン発表作)
撮影 ストゥディオ・キャトル
番号 友00012
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/25 上に戻る
むすめふさほせ

「むすめふさほせ」はカルタ取りをする人が最初に覚える一枚札。
むらさめの 露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋の夕暮
すみの江の 岸による波夜さへや夢のかよひ路ひとめよくらむ
めぐりあひて 見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜半の月かな
ふくからに 秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ
さびしさに 宿をたちいでて眺むればいづこも同じ秋の夕暮
ほととぎす なきつる方を眺むればただ有明の月ぞのこれる
せをはやみ 岩にせかるる瀧川のわれても末にあはむとぞ思ふ
かな 書額 鳥の子紙 金砂子 60×40
出典 百人一首より7首
制作 1998
撮影 タカヒコ
番号 友00011
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/25 上に戻る
九重の花の名残を尋ねてや

九重の花の名残を尋ねてや 青葉をしたふ山路かな(謡曲・大原御幸)
1998年に発表した謡曲詞章の作。以下3作を掲載する。同じ額の色違いである。
「なごり」「たづねてや」「やまぢ」「かな」
(那) (年天) (万遅)( 可那)
などの変体がなが使われている。
かな 書額 鳥の子紙 花柄 55×48
出典 謡曲・大原御幸(おはらごこう)
制作 1998年
撮影 タカヒコ
番号 友00010
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/19 上に戻る
千草にすだく虫の音に

千草にすだく虫の音に 機織る音の きりはたり
ちょうきりはたり ちょう つづれ刺せちょう(謡曲・松虫)
虫の音に機織る音が合わさって、きりはたりちょう、という擬音がいにしえのみやびを響かせる。お能という芸能はよくぞこの響きを伝えてくれたものだ。
かな 書額 鳥の子紙 55×48
出典 謡曲・松虫
制作 1998年
撮影 タカヒコ
番号 友00009
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/18 上に戻る
つつめども 我も穂にいでて

つつめども 我も穂にいでて 尾花招かば とまれかし(謡曲・通小町)
ススキをあしらった鳥の子紙に散らし書き。最後の「かし(閑之)」は右下、印のところにある。
かな 書額 鳥の子紙 55×48
出典 謡曲・通小町
制作 1998年
撮影 タカヒコ
番号 友00008
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/13 上に戻る
やはらかに柳青める北上の・・・

やはらかに 柳青める 北上の 岸辺眼に見ゆ 泣けとごとくに(石川啄木)
字を太く彫りこんだ「かな刻」作品。書道界ではほとんど眼にしたことがない。これは自刻。「柳青める」緑を基調に、北上の岸辺をすそにあしらって、和風に仕上げた。
かな 扁額 桂板 緑漆 銀砂子 134×35
出典 石川啄木
撮影 タカヒコ
番号 友00007
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/11 上に戻る
立ちいでて峰の雲

立ちいでて峰の雲 花やあらぬ初桜の 祇園林 下河原(熊野)
謡曲「熊野」の仕舞でおなじみの一節。
作者84歳の個展作。
「かねがね十二単衣をまとった心持で筆をとろうと念じつつ、今日まで励んでまいりました。砂子の料紙を前に、好きな謡の数々を、お能の舞台を思い浮かべて筆をとる、至福の時間がもてましたことを有り難く思っております。」とは案内状の挨拶文。
かな 書額 鳥の子紙 砂子 15.5×22.0/44.6×51.5
出典 謡曲「熊野」
制作 2006
撮影 ストゥディオ・キャトル
番号 友00006
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/04 上に戻る
この川波にばっと放せば

この川波にばっと放せば面白の有様や(鵜飼)
謡曲「鵜飼」の一節。
かな書は平安の昔、王朝貴族によって考案され、練り上げられ、完成した日本独自の書文化である。そのためには、先行する時代に、中国の草書字体を吸収する時間的な余裕があったこと、とりわけ書聖とされた王義之の草書が唐の文化とともに、我が国に充分に紹介されていたことが幸運だった。
日本語表記には、音だけをあらわす文字の補助が必要と考え、こともあろうに、表意文字である漢字をもとに「かな文字」を創った。
漢字文化と行政文書にどっぷりとつかった男ではなく、漢文と縁のなかった女性の手になったことは、きわめて特異な現象だった。
かな 書額 鳥の子紙 砂子 18.5×22.5/42.2×44.9
出典 謡曲「鵜飼」
撮影 ストゥディオ・キャトル
番号 友005
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作者 : 2.岡村友子
掲載 : 2008/07/03 上に戻る
