岡村天渓の作品
養風烟

風烟を養う(王安石)
おかしな言葉である。そもそも「風烟」などで養えるものであろうか。「養」は「羊」と「食」を組み合わせた字でわかりやすい。草を食ませて羊を太らせることである。しかし草ではなく風烟などで太ることはあるまい。役にも立たぬものを食ってのうのうと生き延びていることを「風烟を養う」という。
風烟は風煙に同じ。「けむり」というよりは「かすみ」だろう。それは仙人の食べるもので、人は「霞を食っては生きられない」と古来言われている。
書仙というべき人がある。超然として世事には無頓着、ひとは「かすみを食べているのかしら」とうわさする。天溪もそう見られていた。風烟を養っているのさ、とケムにまきつつ、自嘲したのであろう。
王安石の詩ではこの前に「みだりに花竹を栽え」とあり、政界から放逸され田舎町の一官吏となった王安石が、政治への未練を残して無為な日々を送っている自分を歌っている。自嘲の底にはいらだちがある。ところを得ていながら「風烟を養っている」政敵たちはどうなのかと。おっと、緊急時にそんなやからが日本の政界におられぬことを祈りますな。
天溪は宰相ではないから、そんな鬱屈はなかったであろう。
隷書 書額 紙本濃墨 90×36/64×26
出典 王安石
制作 1975
番号 天00089
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2011/07/24
