岡村天渓の作品
鷦鷯一枝

鷦(しょう)鷯(りょう)は一枝に(杜甫)
「鷦(しょう)」はみそさざい。「焦」と「鳥」とが入れ替わっても同じ。
「鷯(りょう)」もみそさざい。杜甫の詩では「一枝に在り」となっているが、在を省いている。荘子の「逍遥遊」によると「みそさざいは深林に巣くうも一枝に過ぎず」とあり、ほどほどの居場所に落ち着く、余分な場所を占領しない、という意味の句である。そこで「一」をわざと小さく書いている。
ちかごろの店舗はやたらと支店を増やし肥大するあまり自滅することも多い。経済を優先させるとどうして「大きいことはよいこと」になるのであろうか。私のような小市民にはトンと合点がゆかぬ世界である。
写真では左側がハレーションを起こしているが、この作品はお嫁に行ったので私の手もとになく、再撮影できない。お持ちのかたはご連絡ください。
篆書 書刻 杉板 彫込 30×70(くらい)
出典 杜甫「秦州雑詩二十首」の20(の最後の句)
制作 1973
東京 某氏蔵
番号 天00087
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2011/07/01
