2010年6月 岡村天渓の作品
一丘蔵曲折

一丘(いっきゅう) 曲折を蔵す(杜甫)
「曲折を蔵す」を注釈書では「折れ曲がった道がある」と解している。そうかもしれない。しかし、丘に道がある、というだけでは平凡すぎる。杜甫がそんな月並みな見方をするとは思えない。
ここは丘の起伏を描写している、と私は読む。「曲折」を「抱え持」っているという観察である。「一」とあるからには「さりげない、ふつうの丘」なのだが、よく見るとそこにもわずかな起伏がある。「蔵」はふところに入れている感じである。ちょっとエロティックな表現がよい。
誰ですか。「二丘」ならなおよい、などと怪しからぬことを言っているのは。そこを用心してわざわざ四角く書いているのに。
この金文は面白いが読みにくい。「丘」「蔵」は何となくわかる。「曲」は竹のようなもので編んだ籠の形である。小篆でもこのようになっている。問題は「折」のテヘンである。ニスイのように見える。実はこの字はテヘンではなく、「屮(てつ)」が縦に二つ並んだ形が原形で、草木を折る形である。さかさV字は天溪がどこかの金文から拾ってきたものらしい。
銀座・松崎画廊での第5回個展出品作。
篆書 扁額 浮出彫 120×28(くらい)
出典 杜甫「早起」
制作 1977
番号 天00066
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2010/06/17 上に戻る
崇山表裏千重雪 洛水高低両顆玉
崇山の表裏 千重の雪
洛水の高低 両顆の玉(白居易)
山の雪と川の水しぶきが対句である。杉板二本の双聯。
杉板は今ではかなり黒ずんで、文字の白緑とのコントラストも強まっているのではなかろうか。彫り物としては七字二行の力作である。とりわけ杉は乱暴な彫りができないので、細心の注意と、刃物の冴えた研ぎと、たしかな腕とを必要とする。
初期の作品らしく字形は基本に忠実である。このような和風の作品はやはり品格というものがあってこそであって、奇をてらっていては杉の端整な木目が泣くであろう。
篆書 書刻額 双聯 彫込
20×180×2(くらい)
出典 白居易
制作 1967(個展・竹川画廊)
番号 天00065
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2010/06/17 上に戻る
石上一素琴 樹下雙草履
石上に一素琴
樹下には雙つの草履(くさわらじ)
(白居易)
一枚の板を二分して二行。「素琴(粗末な琴)」と「草履(そうり)」とが対になっている。草履は「くさわらじ」のこと。日本の「ぞうり」ではない。
また「一」と「雙」も対になっている。二つのわらじは一足を意味する。つまり一人の私と一つの琴なのである。
地色はネズミ色だったような記憶がある。金箔押しである。この作品も今私の手もとにない。初期の丁寧な仕事ぶりがよく表れている。写真はこれしかないので、下のほうが見にくいのは御かんべん願います。
篆書 書刻額 浮出彫
40×120(くらい)
出典 白居易
制作 1964
東京 個人蔵
番号 天00064
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2010/06/17 上に戻る
三千寵愛在一身

三千の寵愛 一身に在り(白居易)
有名な「長恨歌」にある句。天溪はこの一句が好きで、何作か彫った。『天溪遺墨集』にもこれとは別の作を収録している。作品そのものが「三千の寵愛」を「一身に」受ける、という作家らしい願望があった。
お弟子さんが「これはどういう意味ですか?」と聞いたら、そのときテーブルの上にあったお菓子を指して「これです。」と真顔で答えていた。あなたにも私にも「食べたいなあ」というまなざしを一身に受けている、と言いたかったのであろう。
これは初めての個展に出した作で、色は朱、文字は金箔押しだったと思う。
篆書 書刻額 桧板 浮出彫 金箔 120×40(くらい)
出典 白居易
制作 1964
東京 I氏蔵
番号 天00063
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2010/06/12 上に戻る
露竹婾鐙影 烟松護月明

露竹 鐙影を婾(ぬす)み、烟松 月明を護る(白居易)
これも昭和39年の初個展の作品。詩句はやや難解だ。露を宿す竹と霧にけむる松。鐙影(とうえい)は燈火の影。露の光を「燈火を婾(ぬす)む」という言い回しでとらえ、松を月明の保護者に仕立てている。ほのかな光を二面からとらえているのである。
この作では二つの実験をしている。一つは金文を散らし書きにするという試み。もう一つはたどたどしい線をところどころ切ったりして、古拙な鋳刻の味を出そうとしていることである。金文の字形は影のサンヅクリ(彡)、露のアメカンムリの点、サンズイなどがない。古い字は素朴、簡素なもので、後世になると部品が整備されてくる。
材は杉。字の中には青銅色を入れていると思うが、写真では色がわからない。関防印もあるが、読めない。
篆書 書刻 杉板 彫込 18×120(?)
出典 白居易
制作 1964
番号 天00062
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2010/06/04 上に戻る
