2008年7月 岡村天渓の作品
時用 任(た)うる所に非ず

時用 任(た)うる所に非ず(白居易)
白居易の園林にある「太湖石」を詠った詩の一節。孔穴、皺だらけの石らしい。白居易はこれを賞玩したが、残念ながら実用にはならぬ。「時用(じよう)」とは現時点での実用性、有益性のことである。
このような語句を拾うのが天溪の好みであった。自分のしていることが「実用にはならぬ。(たうる所に非ず)」と自嘲できるプライドがこの作品を作らせる。
赤く装飾的なこの作品は現代性をねらったさまざまな試みがある。上下に二つある四角は何を考えてつけたのか、よくわからない。
篆書 丸額 書刻 浮出彫 銀箔押 径34
出典 白居易「太湖石」
制作 1967
宮城 T氏蔵
番号 天00021
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/25
今日既に老いたり

今日(こんにち)既に老いたり
余生は言うに足らず(寒山)
たしかに言われてみれば、その通り。余生は知れている。
ところであなたはお幾つ? なに66歳。その歳でうなづいてちゃダメですよ。
「老いたり」のあとの「矣」は虚字で、上の読み下しにはあらわれない。
行書 書額 墨流紙濃墨 半切1/2
出典 寒山
番号 天00020
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/20
萬人 相(あい) 行楽す

萬人 相(あい) 行楽す(白居易)
行楽の季節は唐の時代も今もかわらない。連休に出かけたら、人だらけ車だらけだとボヤイている。でも、せっかく行ったのに誰もいなかった、というのも寂しい話で、やっぱり萬人にまじって行楽するのが立派な庶民というものである。
中央に遊び心を加えて小鳥と魚を配した。これも象形文字である。
40年も前に私が撮った写真なのでピンボケである。手もとに作品がないのでご勘弁願いたい。丸額をいくつかご紹介しよう。
丸額は雲板ともいい、古くからある書刻形式である。一枚板に彫ると反って変形、干割れを生じやすいために、数枚の板を接いで狂わぬようにしておく。天溪は月島の棟梁・塚田基八郎氏に作ってもらっていた。
丸の中に字を収めるのは漢代の瓦当(がとう)に先駆的な名品がある。書ではこれを「瓦当文」と呼んで、ひとつのジャンルとしている。書刻丸額はもとはといえば瓦当文に発した文人の趣味であったろう。
篆書 丸額書刻 カツラ板 浮出彫 銀箔 径30?
出典 白居易
個人蔵
番号 天00019
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/20
明月松間に照り 清泉石上に流る

明月 松間に照り
清泉 石上に流る(王維)
王維は絵をよくしたといわれているが、確かにビジュアルな詩が多い。これなども読んで字のごとく、明快に情景が伝わってくる。
月明かりのさえた夜景であろう。すると清泉は音だけなのかもしれない。
行書 書軸 紙本濃墨 半切1/2
出典 王維
番号 天00018
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/20
自ら愆尤(けんゆう)を認む

自ら愆尤(けんゆう)を認む(王安石)
「愆」は短所、「尤」はあやまち。自分で自分の短所やあやまちを認める。
なかなかできないことである。王安石は宰相であったから、へたに認めると、責任を追及され、失脚をしてしまうわけで、その重みは格別である。私など庶民はさっさと「ごめんなさい」すれば済むとばかり、過ちをして平気な顔をしている。
総浚いのノミあとが面白い。「愆」は「行」と「水(サンズイ)」と「心」の3つが合わさった字。サンズイを横にしたあたりに苦心のほどがうかがわれる。なお「認」の心は金文ではつかない。この作は手もとにないので寸法は推測である。持ち主の方は教えてください。
篆書 扁額 書刻 ヒノキ板 浮出彫 金箔押 30×120か?
出典 王安石
個人蔵
番号 天00017
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/19
雪月花の時 最も君を憶う

雪月花の時 最も君を憶う(白居易)
雪は冬、月は秋、花は春。夏はさすがに風流の時季ではないらしく普通は省かれる。要するに年がら年中、君を憶っているわけだ。漢詩で「君」というと大体「男」を指す。
行書 書額 紋箋紙濃墨
50×95(半切1/4)
出典 白居易
番号 天00016
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/19
思う莫(なか)れ 身外無窮の事

思う莫(なか)れ 身外 無窮の事(杜甫)
詩では「よそ様のお大尽ぶりをとやかく思うなよ」という意味で、「無窮の事」とは金銭のことを指すのだが、ここだけを取り上げて作品にするのは、単にこんな意味で読んだのではあるまい。「身外」は自分の守備範囲を超えたところ、「無窮の事」とは永遠性を持ったもののこと、と字句に沿って読めば、「身の程をわきまえて、高嶺の花を望むなよ」となろう。
書でいえば永遠無窮の光を放つのは王羲之である。そう、王羲之の前にため息をついてもきりがない。とりあえず自分のできることを必死になってするまでよ、とささやかに開き直った天溪の述懐であろう。
詩句の取り上げ方によって、独立した意味を発揮するところに書の面白さがある。それぞれの人が自分らしく読むことができる。学者の注記どおりに読んで解釈を狭めるのがいいとは限らない。この七字はすでに詩のコンテクストを離れているからだ。さて、あなたの「無窮の事」とは?
篆書 扁額 書刻 ヒノキ板 浮出彫 金箔押 120×30(推測)
出典 杜甫 絶句漫興九首の四
制作 1981 青溪会展(銀座ミタケ画廊)発表作
番号 天00015
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/18
快なる哉 何に依る所ぞ

快なる哉 何に依る所ぞ(寒山)
寒山の詩を「絶対自由の境地にいる人間のよろこび」だと言ったのは吉川幸次郎である。この寒山詩は次に「静かなること秋江の水の若し」とある。
何かに依らねば不安でたまらない。寄らば大樹の陰である。しかしそれでは自由な発言はできないであろう。
天溪は師の南溪にならって生涯無所属を通した。在野であることに徹し、自分こそこの句を書くにふさわしい書家だと思っていた。絶対自由を「快なるかな」と言えるのが文人墨客なのだから。
草書 書軸 紙本濃墨 50×130
出典 寒山
番号 天00014
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/11
心に知る 本自ら同じ

心に知る 本自ら同じ 欣びと怨みの無き所以なり(王安石)
「本自」は「もともと」ということで、もともとは同じ人間なんだ、とわかっているから、よろこんだり怨んだりしない、という意味。王安石が相国寺で芝居見物をしたときの詩。役者が演じ分けているだけだから、身分の上下があっても気にならないことを言っている。
本自同(もとはといえばみな同じ人間)と思えば、差別だの格差だのはなくなるはずだ。現代に生かして読めばそうなる。
落款印が左下にあるから、右上からはじまるとして、今の人はうっかり横に読んでしまいそうだ。漢字はたてに書く。「心知」で、次行は左にくる。次行は「本自」と、わかっていても私などはつい横に眼が走り「心本同」と読んでしまう。ついでに読んでみれば「心は本同じ。欣びを以って知らん。自ら怨み無き所を」 あら、読めてしまった。このほうがいい、なんて言わないでください。タワムレただけです。
隷書 書額 紙本濃墨 55×40
出典 王安石
番号 天00013
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/05
習池未だ風流の尽くるを覚えず

習池未だ風流の尽くるを覚えず(杜甫)
杜甫が成都に帰郷したときの詩。習池は荊州にある習家池のことだが、自邸の池をここになぞらえている。
「習」は慣れ親しむの意。池をめぐってすっかり見慣れた景色だが、まだ風流を尽くしたとはいいがたく、興趣は尽きない。字義としてはそう読める。
しかし天溪がこの詩のこの部分を一行作品に取り上げたからには、別の意図がある。
「習池」といえば思いつくのは習字のこと。後漢の張芝が習いに習ってとうとう池の水が墨で真っ黒になってしまった、という故事から「臨池」といえば習字を意味する。書いても書いても興趣は尽きない、という天溪の述懐がこれである。
隷書 書額 赤箋紙 濃墨 30×70
出典 杜甫「将赴成都草堂・・・」五首の二
制作 1981(京都・思文閣ロイヤル画廊発表作)
番号 天00012
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/05
月自ら青天に在り

月自ら青天に在り(寒山)
青天にあるから、この月は昼間の月である。「自(おのずか)ら」というのは含蓄のある言葉だ。自然に、ともとれるし、自分で、ともとれる。月は天文の摂理に従って出ているだけで、自分の意思で登場したのではない。しかし見る人の心情によっては、擬人化されていることもある。晴天に浮かぶ月の心情をはたしてどうとらえるか、この作の問いかけがある。
「自」という字をぐるっと回して「在」につなげているが、その黒丸の中心の白い点が、よく見ると三角形をしている。このようなさりげない遊びは天溪がよくするところで、わざと意図的に筆を運ぶのである。まじめな顔をして」こんなことに意をくだいていたというのも、ユーモラスではある。
草書 書軸 紙本濃墨 45×140/30×80(?)
出典 寒山
番号 天00011
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/04
水落ちて魚龍の夜

水落ちて魚龍の夜 山空にして鳥鼠の秋(杜甫)
「水落ち」とは秋になって川の水かさが減ることを意味する。「魚竜」と「鳥鼠」とはともに地名で、前者は川、後者は山。杜甫は地名を読み込んで民話的なイメージをさそう巧みな演出をしている。この川には魚竜とよばれる五色の魚がいたという。また鳥と鼠が夫婦となっていたという伝説の山。夜と秋とに昔話風のオヒレをつけた。
この表装は細身の茶掛けでシケ絹を使っている。シケはイトヘンに圭と書く。着物でいう紬(つむぎ)である。表具用の絹は着物地とは違った織り方なのでシケという。緞子のようにかしこまった中国風の布に比べると和風で、フォーマルではないが、高級感がある。
隷書 書軸 紙本濃墨 24×134/45×155
出典 杜甫「秦州雑詩」
番号 天00010
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/04
日に金屑泉を飲む

日に金屑泉(きんせっせん)を飲む 少なくも千余歳に當たらん(王維)
毎日「金屑泉」の水を飲んでいるので、長生きすること、少なく見積もっても千年以上にはなろうというものさ。
王維の別荘に近い泉。おめでたい名前の泉なのであやかりたいのである。上流に金鉱でもあったのだろうか。近頃は金粉入りの日本酒や、菓子を売っているが、金イオンが身体にいいのかどうか。
入筆、収筆をわざと見せて書いている。こういう内容の書は墨痕鮮やかで、線の緊張感がツヤをもっていると、こっちまで長生きしそうな気持ちになる。
篆書 書額 紙本濃墨 50×60(?)
出典 王維
番号 天00009
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作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/07/04
