2008年6月 岡村天渓の作品
壽

瀬戸の本業窯・水野半次郎先生の窯場で字入れをして焼いていただいたもの。
「私は何にでも書く。紙にも、板にも、布にも」と言っていた天溪は、本業釜という最良の協力者を得て、欣然として多くの皿や器を手がけた。かくて「陶器にも」の一語を加えられることになった。
篆書 石皿 ベンガラ 25×25
焼成 本業窯 水野半次郎
番号 天00008
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/06/26 上に戻る
他(かれ)の語を我言わず

他(かれ)の語を我言わず(寒山)
「他」はかれと読む。彼らの使う言葉を私は口にしない。寒山は続けて「我が語を他は会せず」とまで言う。
大変な自信である。おかしな言い方や、誤った語法、変な敬語が氾濫し、正しい言葉がどこかに消えてしまった。「食べれない」などの美しくもない日本語は、アナウンサーまでが使っても私は口にしない。そういう寒山が本当に変人なのか再考したいものだ。
篆書(てんしょ) 書刻 杉板 文字色群緑 95×27
出典 寒山
番号 天00007
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/06/19 上に戻る
溪風 颯然たり

溪風 颯然(さつぜん)たり
杜甫の詩には「溪風も為に颯然たり」とあり、「為」は前句との関連で「私の悲しみにこたえるかのごとく」という意味を持つので省いている。ふたつの風に変化をつけ、筆の肥痩、大小をとりまぜて四字を収める。落款の「天」一字は、冒頭に「溪」があるから要らないと判断したのであろう。
この作品は手もとにないのでサイズは推測である。
行書 書額 紙本濃墨 40×55(?)
出典 杜甫「秦州雑詩二十首」の12
東京 個人蔵
番号 天00006
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/06/19 上に戻る
壽づくし

濃墨、淡墨、朱、銀の四色で寿の篆書を二十八字。1978年の正月、青溪会展出品作。
このような文字尽くしは、東京町田の「柿島屋」(馬料理)の「馬字尽くし」の看板もあり、天溪の得意の仕事なのだが、文字文化の国ならではの「遊び心」がただよって面白い。こういう「ゆとり」を書家はもっと主張したほうがよいだろう。
寿司屋に魚偏の文字を集めた書が飾られていたりする。「へーえ、マグロってこう書くんだ」と若い女性が面白がっているのを見ると、まさに文字文化の国民だと思う。私は木偏の文字尽くしの手拭を持っている。銀座の大野屋さんに売っている。
篆書 書額 紙本四墨 90×180
番号 天00005
作者 : 1.岡村天渓
掲載 : 2008/06/15 上に戻る
