2010年7月 岡村大の作品
長楽
長楽(ちょうらく)
四方から雫が垂れたようなおかしな額である。小窓いっぱいに二字。赤は岩絵具を使った。文字は黒漆。
篆書 書刻 小額 桂板
浮出彫 15×15/3×3
制作 2006
番号 大00092
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
緑蔭
緑蔭(りょくいん)
額が個性的なので重みのある色合いにした。アクセントに赤い大印をあしらったが、位置的には逆のようなところに敢えて置いてみた。右下に三本のタテ線が並ぶのが厭だったからである。
字形としては蔭が面白い。緑のほうは苦労したがこんなところに落ち着いた。
篆書 書刻 小額 朴板 浮出彫 30×28/9×7
東京 個人蔵
制作 2006
番号 大00091
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
光
光
光という字は四方に過不足なく線が伸びていて、しかも左右相称でもなく、バランスが絶妙である。人が左に向かって歩いているようでもあり、両肩に何かが添っているようでもある。額の銀色に合わせて文字には銀箔をはだらに置いてみた。この額は中央部に向かって凹んでいる。
篆書 書刻 小額 タモ板
浮出彫
15.5×15.5/3×3
東京 個人蔵
制作 2006
番号 大00090
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
壽
壽(ことぶき)
同じ小窓でもこれは周りが金なので、朱と金箔とで調和をはかった。この壽の字形は前々から印刻に使おうと思っていたが、この額なら最初の二本の曲線がうまく調和するのではないか、と構想したところから、一気にことが運んだ。書刻では額から構想することはほとんどないので、このような小額に遊ぶことの意味は確かにある。文字は細く、立ち上がりを極端に高くとっておかねば、額に埋没してしまう。
篆書 書刻 小額 朴板 浮出彫
18×18/3×3
東京 個人蔵
制作 2006
番号 大00089
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
谿泉
溪泉(けいせん)
谿は溪に同じ。せせらぎの意。泉からせせらぎとなり、やがては大河となる。すべての源泉。
微小の作ながら薬研彫りにした。陰影が面白いからである。表面に施した箔は虹彩箔といって、銀をベースに緑黒の顔料を加えて作る。
額は蒲郡の木工所から取り寄せたもので、数年前から愛用している。陶板の小品はみなこの額に合わせて焼成した。ふつうの額は画面の部分がへっこんでいるのだが、これは中央にふくらんで、タモ材の木目が面白い。昨年、また注文したら、残念ながら、もう在庫がないといわれてしまった。
篆書 書刻 小額 朴板 彫込 黒緑箔押
15×18/5.5×6
東京 H氏蔵
制作 2007
番号 大00088
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
獨行
獨り行く
このあたりで小品を取り上げてみよう。5センチ角くらいの小さな板に一、二字を彫る。額を大きく使うことで面白味を出そうという試みである。大きな作品ではこんな巨大な額は使えない。
深く彫り込んでみた。獨行は読んで字のごとく「独り行く」。独立独歩の信念はがっちりと太くありたい。
中村氏の作る朱の印泥(猩々)を軽く打ち込んだのでタモの杢目がやわらかい筋を白く見せている。胡粉の下地があるから、印泥も紙に捺した色とは異なってみえる。
篆書 書刻 小額 タモ板 彫込
19×20/4×5
静岡 I氏蔵
制作 2006
番号 大00087
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
留連戯蝶時々舞
留連(りゅうれん)戯蝶(ぎちょう)時々(じじ)舞い
自在嬌鶯(きょうおう)恰々(こうこう)と啼く(杜甫)
留連(りゅうれん)は居続けること。去らずに止まってはひらひら舞っている蝶々。 一方、あちこち自在に飛び回って愛想をふりまいている鶯はこうこうと鳴いている。中国ではホーホケキョではなく「恰々」と啼くらしい。
おそらくこの詩の下地には色町のイメージが重なっているのだろう。留連は娼家に「いつづけ」ることだし、嬌鶯(きょうおう)はその種の女性でもある。とするなら、戯蝶(ぎちょう)は客たる男で、鶯嬢の美声に興じて立って踊ることもあったかもしれない。
たかが春の庭の光景、と思わせながら、存外色っぽい単語を使って艶やかさをかもし出しているところに、漢詩の底力を見る思いがする。楷書はその色っぽさをいささかカモフラージュしてはいる。
板は栂(つが)の柾でかなり彫りにくかった。
楷書 書刻 額 栂板 枠浮出彫 28×78
出典 杜甫
制作 2006
番号 大00086
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
柳影含雲幕 江波酒壺近
柳影 雲幕を含み 江波 酒壺に近し(杜甫)
柳の影が水辺に映っている。うっすらと煙っているので「雲幕を含む」と詩的に表現されている。中国では柳は川辺につきもので、ここの川波はどうやら酒壺の並ぶ歓楽街に近いらしい。どうりで柳も色っぽく、粋な風情に見える、という感興をさりげなく述べているのである。
この板は秋田杉で至難の代物であった。生涯二度と彫りたくない難物である。どこが難点かというと、木目と木目の間の部分がマシュマロのようにやわらかく、小刀で削ぐことすら拒むのである。そのせいかどうか、手首を痛めて白血球の数値が上がり、三十八度の熱を発し、彫ることができず、完成までに二ヶ月もかかってしまった。
行書 書刻額 杉板 彫込 丸彫
27×121
出典 杜甫
制作 2006
番号 大00085
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/05 上に戻る
野桃含喜

野桃喜びを含む
野生の桃が嬉しそうに実っている。
桂板に文字を浮き出して金砂子。数種の金箔を砂子にして蒔いた。金泥も併用。
埜は野の異体字。今でも使われる字だが、埜の形のほうが古く、金文がこれである。
桃の旁の兆は甲骨などにできる裂け目を表わす。亀裂の具合で吉兆を占う。神意がここに示されると考えるからである。桃は古くから鬼神を退散させる霊力があると信じられてきた。桃太郎伝説はここから、と高田忠周は断言している。
篆書 書刻 額 桂板 浮出彫 金砂子 63×30
出典 とくになし
大阪 S氏蔵
制作 2006
番号 大00084
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/05 上に戻る
把酒従衣濕 吟詩信杖扶
酒を把りて衣の濕(うるお)うに従(まか)せ
詩を吟じて杖の扶けに信(まか)す(杜甫)
酔ってたもとが酒に濡れてもかまわない。詩を吟じてふらふらとさまよい、杖につかまっていればよし。すべて酒と杖とに「おまかせ」だ。
詩人杜甫の真骨頂ここにあり、というべきか。酔っても詩の韻律は正確で、さすが、と思わせるものがある。
「従」も「信」もともに「まかせる」の意。「湿」の旧字が「濕」である。
板は桂で、彫りやすく、浅平彫りといっても杉板ほどの難度はない。柿渋でやや古味を出した。
楷書 書刻額 桂板 浅平彫 文字色 黄白緑
30×63
出典 杜甫
制作 2005
番号 大00083
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/05 上に戻る
清華浄心
清華 心を浄む
清らかな華が心を清めてくれる。
小品だが額を大きくとった。写真では作品だけをクローズアップしている。
この欅(ケヤキ)は玉杢(たまもく)で、赤茶に着彩した上で木目(もくめ)に白トノコを入れ、杢(もく)が見えるように加工している。
彫りは草彫りで筆の重心に合わせてV字カットする。つまり穂先の通るところを一番深くする。仮名刻にもこれを応用すると字になじむのである。
行書 書刻額 欅板玉杢 彫込
22×67/11×57
出典 なし
神奈川 I氏蔵
制作 2006
番号 大00082
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/05 上に戻る
燈影照無睡 心清聞妙香
燈影照らして睡る無く
心清らかに妙香を聞く(杜甫)
ともし火の影が私を照らしている。眠れないのではなく、睡らないのだ。なぜなら、これから心清らかに妙香を聞こうという素晴らしい夜なのだから。
香は嗅ぐのではなく「聞く」という。我が国の香道の特殊用語かと思っていたが、このように漢詩にあるので中国の伝統らしい。
草書 書額 紙本濃墨
43×60/28×46
出典 杜甫
東京 S氏蔵
制作 2006
番号 大00081
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/05 上に戻る
