2010年6月 岡村大の作品
辞能響応
辞(ことば) 能く響応す
響き合う言葉というものがある。
「行ってまいります/行ってらっしゃい」「ただいま/おかえり」など。
こういう辞(ことば)が行き交う社会こそ、おくゆかしく、民度が高いと言えるだろう。見知らぬ人に声をかけるな、と子供に教えなければならない今の社会を、大人の一人として恥ずかしく思う。かつて日本中に見られたこのような言葉の響応は無残な「マニュアル店員言葉」に替わりつつある。
辞とは挨拶ばかりではない。詩人は言葉の韻律に響応を仕組む。辞は字でもあるから、線の組み合わせにも響応の美があるであろう。
元禎墓誌銘(北魏)の楷書に面白みを感じて薬研彫りを試みた。文字同志を響応させるために苦心するのはもちろんだが、一番の難関は落款印の位置で、ここしかない、とばかり決め込んで彫ったわけであります。
板はタモである。木ヘンに弗と書く。ちなみに木ヘンに佛は「しきみ」、キヘンに神は「さかき」である。どちらも国字であろう。かなり重いので覚悟して彫ったが、案の定、堅い板であった。塗りむらがあるのはオイルステインの塗りが下手なのではなくて、下地板のメドメの甘さが災いしたのである。こしらえの段取りに、わずかな手抜きが、あとになって顕れる。まことに板というものは恐ろしい代物である。
活字の「辞」は略字で、「辭」が正。ただしツクリの辛(しん)の下は伝統では二本書く。「能」も活字形とは違い、このほうが伝統に即した楷書。「応」も略字で「應」が正しい楷書。
楷書 書刻 扁額 タモ板 薬研彫 58×15
出典 とくになし
制作 2006
番号 大00080
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/27 上に戻る
清風吹衣
清風衣を吹く(黄庭堅)
黄庭堅の詩題に「清風我が為に衣を吹き、好鳥我が為に飲を勧む」とあるのより取った。
最近は輸入材であるスプルスが広く出まわっている。以前は「西洋ヒノキ」と称して売っていたが、ヒノキ独特の香りもなく、さすがにヒノキというのはおこがましいらしく、スプルスにおちついたようだ。柾目はご覧のとおり筋がよいし、彫りやすい。キメもこまかい。初心者の練習用には適している。
横長の篆書で枠いっぱいに収めてみた。浚いの部分を浅平彫りとするのはなかなか難物。カンナをかけるように薄く薄く削いでゆく。柾目だといっても気が抜けない。思わぬところで逆か目にでくわすからだ。
篆書 書刻 小額 スプルス板 浮出彫 浅平浚 胡粉
25×50/15×45
出典 黄庭堅
制作 2004
番号 大00079
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/27 上に戻る
静日溪柳自爽

静日 溪柳 自ら爽(さわやか)なり
「静日幽居」の語が飛鴻堂印譜に、また蘇軾に「溪柳自揺」の語がある。合わせて六字の扁額にした。
金文はどことなくユーモラスに書きたい。そのほうが古代の文字のおおらかさが出てくる気がする。
詩句は静かな日、せせらぎの水も岸辺の柳もおのずと爽やかであるの意。
渓流の色と柳の緑はこれを見る人のイメージにまかせ、敢えて赤く仕上げてみた。
書体は篆書の金文。青銅器にある書体。「静」は不思議な形であるが、よくみると、なるほど、という形をしている。最後の「爽」は通常四つの×を書くところ、四角と三角の組み合わせにした。ふたつの#(いげた)を並べた字形もある。
板全面を丸ノミで浚う。石垣のような模様ができる。粒をほどよくバラケさせる。これが難しい。調子に乗って浚っていると、相撲と同じで、足が揃ってつまらなくなる。
篆書 書刻 扁額 桂板 彫込 天溪研 93×18
制作 2006
番号 大00078
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/27 上に戻る
戸庭無塵雑 虚室有余間
戸庭 塵雑無く 虚室 余間有り
(陶淵明)
家の周囲には塵はおろか余分な雑物もない。当然家の中もすっきりとしている。だからこそ余間(よかん)というものがある。余間とはものを容れるだけのゆとりを指すとともに、心の中のとらわれない空間を言うのであろう。
もの余りの時代になって、家の中は要らない物で満タン。フリーマーケットに出しても誰も手をつけない。捨てるには金がかかる。おかしな時代になった。
何でこんなことになったのだろう。反省をすれば、あのころは本当に大切なものが見えなかっただけのことではないか。
岩絵具の瑪瑙をかなり厚く蒔いている。関防印には「心も亦た同じ」とした。
隷書 書刻 楹額 桧板 浮出彫
18×82
関防 心も亦た同じ
制作 2004
番号 大00077
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/27 上に戻る
胸中吉祥宅
胸中 吉祥の宅(黄庭堅)
胸の中が吉祥のすまいならば、あれこれ悩む必要もなさそうだ。しかしその胸は、どのようにすれば育むことができようか。胸中常に火宅だったり、心配の種でいっぱいだったりしているのに。
まあ、せめてこの言葉を胸に掲げて、わずかでもあやかりたいものだ。
板は桐の棚板である。最近はこのような既製品がホビーショップに出まわるようになった。張り(合成材)ではあるが自分で桐の板を焼くことの難しさを知っていれば、これでも有難い素材である。一度お試しあれ。
行書 書刻 額 桐板焼入 彫込 平彫
20×60
出典 黄庭堅
制作 2006年
東京 T氏蔵
番号 大00076
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/27 上に戻る
般若心経
般若心経
玄奘訳の般若心経は王羲之の集字による「大唐三蔵聖教序」碑が最もオリジナルに忠実である。ただし「写経」という分野では宗教上の伝統というものがあるから、「佛説摩訶般若波羅蜜多心経」としたり「一切顛倒」としたりしている。私は書としての「般若心経」に徹して、あえて世の中の「写経テキスト」に依拠しないほうを選んだ。そのために「集王聖教序碑」と出典を付け加えて、識者への注意を呼びかけている。テキスト確定については私の小エッセイに概略を書いておいた。
この表装は泥紙を使っている。今では貴重な手造り和紙で、人間国宝級の職人技の所産である。普通「経仕立て」といえば、中廻しに緞子、天地の一文字は金襴などと、いかにもお寺さん好みになるが、これは書としての写経なので既製概念とは距離をおいたつもりなのである。字が小さいので拡大図をつけた。拡大図ちょっとボケていてすみません。
楷書 書軸 紺紙金泥 45×26/58×109
出典 玄奘訳「般若心経」
制作 2010(第24回青溪会書作展)
番号 大00075
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/25 上に戻る
錬磨
錬磨(れんま)
鍛えて鍛えて磨きあげる、納得のゆくまで。
錬は糸ヘンもあり、これは糸を熱してやわらかくすること、金ヘンは金を熱して不純物を取り去ることである。
板はタモ。彫りやすく味のある木目である。蘇芳染を施して少し赤く仕上げてある。
篆書 書刻小額 タモ板 彫込 薬研彫 白緑 23×20
制作 2007
東京 M氏蔵
番号 大00074
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/25 上に戻る
陽光満堂
陽光堂に満つ
お堂というのは何となく薄暗いものだが、暖かい日差しが降りそそぐ頃になると、堂内も一変する。外はもっと明るいのであろう。
陽光を待ち望む声がこれほど切実味を増しているのに、まだ政局とやらに明け暮れている昨今である。早く堂内を明るい話題で満たしてほしいものだ。
隷書 書刻 丸額 朴板 浮出堀 金箔押 19×19
制作 2010(第24回青溪書作展)
東京 A氏蔵
番号 大00073
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/25 上に戻る
清景難逢宜愛惜
清景 逢い難し 宜(よろ)しく愛惜(あいせき)すべし(白居易)
誰もが清々しい風景に出会った経験を持っている。
その場所で、まさに、そのタイミングでなければ到底目にすることがなかったような素晴らしい光景に。
あの頃はまだ足も腰もしっかりしていたし、旅行する余裕もあった。そう思うと心に残るあの景色も貴重である。大切にしまって、時々思い出したい。
板はポプラである。書刻では手がける人は少ないのではなかろうか。私もこれが初めてである。色は白く、白太(しらた)と赤身(あかみ)の区別がはっきりしない。北の国の木だから、幹を見るかぎり凸凹が激しく、内部はザクザクだろうと思っていたが、彫ってみたらえらく堅いのでびっくりした。
何事も新しいものにチャレンジしたいので今回の経験は新鮮であった。色は新鮮な白群青(びゃくぐんじょう)にした。
草書 書刻 楹額 ポプラ板 浮出彫 金箔押
15×115
出典 白居易
制作 2010(第24回青溪会書作展)
番号 大00072
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/18 上に戻る
四海波静
四海(しかい) 波静か
四海波静かにて 国も治まる時津風
枝も鳴らさぬ御世なれや
あいに相生の松こそめでたかりけれ
謡曲「高砂」で有名なこの句はわが国を代表する平和の象徴であろう。
四周を海に囲まれた国ならではの風景。まことにこの通りであってほしいものだが、天候不順で、参議院選もはじまり、少しも静かにはならない。
市販の鑿(ノミ)はやや厚手だが、薄手の鑿を入手したので、念願の浚いに着手した。これは四方八方から浚って逆目のギザギザをも意に介さない、という手法。桂のような板でなければなかなか難しい。以前からやってみたかった浚いなので、適当な鑿を探していた。
文字に押した箔は彩箔の黒緑。シックな光沢である。喜屋(上野、池の端の日本画材屋)の店員に聞いたら、銀をベースに顔料を加えているとのことである。「輪ゴムをのせないでください。変色します。」と言われたが、そんなことってあるのだろうか。
草書 書刻 額 桂板 浮出彫 文字 黒緑彩箔 14×50
出典 謡曲「高砂」
制作 2006
番号 大00071
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/18 上に戻る
事業無窮年

事業 窮年無し(黄庭堅)
一旦はじめた事業には窮年(おわり)がない。すぐこれでよし、となる程度の仕事なら事業とは言えまい。
過日、広島の酒蔵の主人の述懐を思い出す。
「十年ひと昔と申しますが、何ごともやりかけたら十年はかかりますな。」
まだ日本酒が低迷していた昭和五十年代、吟醸酒を手がけて市場に出るまでの試作期間が十年、それが名酒「加茂泉」のスタートだった。以来私はやりかけたら十年は覚悟している。
篆書 書刻 扁額 橡板 彫込 66×23
出典 黄庭堅
制作 2004
番号 大00070
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/18 上に戻る
微風吹幽松 近聴声愈好

微風 幽(かすか)に松に吹き 近くに聴けば愈(いよよ)好もし(寒山)
微風はわずかな風。ほんのちょっとの空気の動きも、近くに寄って耳を傾けると、松の木にあたる音が聴こえてきて、なかなかステキである。微細な感性によって松のひびきを捉えた喜びを「愈好」と表現している。松に風のあたる響きを「松籟(しょうらい)」という。籟は笛の意味で、古来松にあたる風の音は笛のように美しいと愛でられていたものであろう。
黄檗(きはだ)の板は、ご覧のように表皮のすぐ下に厚さ5ミリほどの黄色い層があり、その次に白太(しらた)、中心部の赤身と、三層がはっきりと分れて見えるのが特徴である。黄色い層は漢方薬になる。(胃薬) キメは細かく均質で彫りやすい板である。
隷書 書刻 扁額 黄檗板 枠浮出彫 100×20
出典 寒山
制作 2003
松本 N氏蔵
番号 大00069
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/18 上に戻る
心體倶翛然
心體倶(とも)に翛然(しょうぜん)(白居易)
しょう(翛)の字は見慣れない字である。悠然と同じ意味で、物事にとらわれず、心がすっきりとしていること。
この板はケヤキであるが、神代欅といって地中に長く埋もれ木となっていたものである。腐らずに原形をとどめたのは、腐敗菌のない水に浸るか、土中の鉄分を吸収するかの好条件があったからである。このような材は貴重だから、「神代」の名をかぶせて高値をつける。板はなかば化石化して硬いのが常である。このように不思議な色となるのも自然のなすわざである。
楷書 書刻額 欅板 彫込 平彫 25×27
出典 白居易「松声」
制作 2002
番号 大00068
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/18 上に戻る
落日山水好

落日山水好し 舟を漾わせて帰風に信す 奇を玩んで遠きを覚えず 因りて以って源を窮む 遥かに雲木の秀でたるを愛し 初めは路の同じからざるを疑う 安んぞ知らん 清流転じて 偶々前山と通ずるを 舟を捨てて軽策を理む 果然として適する所に陿う 老僧四五人 逍遥として松柏に蔭う 朝梵林未だ曙けず 夜禅山更に寂たり 道心牧童に及び 世事樵客に問う 瞑に宿る長林の下 香を焚きて瑶席に臥す 澗芳人衣を襲い 山月石壁に映ず 再び尋ぬるとき迷誤を畏る 明発更に登歴せん 笑って謝す 桃源の人 花の紅なるとき復た来たり覿ん(王維)
長いので訳は略す。王維の山荘は藍田山にあった。この詩は付近の寺を訪れたときのもの。夕刻から夜にかけて石門精舎の光景に点在する人物を添えて、さながらよく出来た画巻を見る思いがする。
行書 額 全紙 紙本濃墨
出典 王維
関防 藍田山
制作 2003
番号 大00067
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/18 上に戻る
世事浮雲

世事浮雲(せじふうん)(王維)
まことに世事は浮雲である。きのうの総理は今いずこで、支持率もすぐに回復。浮雲に託さざるを得ないこの国は一体どこに向かうのだろうか。王維はこのあとに、「何ぞ問うに足らん」と三字を付け足しているが、言わずもがなであろう。
サワラという木はヒノキに似ていて素人には見分けがつけ難い。葉っぱの裏をちょいと見れば分ると言われて、その時は分ったつもりでいたが、今はどっちがどっちだか、さっぱり思い出せない。しかし板は明らかに違う。ヒノキ特有の香もない。それに値段が違う。水に強いらしく、桶などを作る材として使われている。
草書 書刻扁額 サワラ板 浮出彫 105×30
出典 王維
制作 2003
番号 大00066
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/10 上に戻る
雨露之処濡 甘苦斉結実
雨露の潤(うるお)す処
甘苦斉(ひと)しく実を結ぶ(杜甫)
苦労した努力もやがては実を結ぶ。甘いも苦いも、雨露の働きで。「斉」は「ひとしく」と読む。一斉、均斉などの斉である。
表面は岩絵具による黒味がかった紺にキラ系の顔料を加えているので、ちょっと鉄板のように見える。上部の金具は中国製。
篆書 書刻額 桂板 彫込
平彫 25×54
出典 杜甫
制作 2004
東京 I氏蔵
番号 大00065
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/10 上に戻る
名花傾国両相歓

名花 傾国 両(ふたつ)ながら相(あい)歓ぶ(李白)
「傾国」は美女のこと。楊貴妃に溺れて国を傾けた皇帝があったから。花も美女も両方とも結構。結構な両者がお互いに相歓んでいる。ライバルだなんて下々の人が言うこと。
唐代の名花は牡丹だったらしい。花の王者と傾国の美女が並び立つ図はもう目がくらむばかり。「歓」んでいるのは実はそれを見ている男だったりして。
胡粉に少しピンクを加えている。
隷書 書刻額 栓板 平彫 拭漆仕上 胡粉 54×26
出典 李白
制作 2004
番号 大00064
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/10 上に戻る
習古道

古道を習う
書に限らず伝統文化を学ぶことは、古人の踏みしめた道を追体験すること。それなくして新しい試みもできない。
篆書 扁額 紙本濃墨 半切1/4 93×33/67×17
関防 印に「亦た楽し」
制作 2001
東京 M氏蔵
番号 大00063
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/10 上に戻る
一身為軽舟 落日西山際

一身軽舟と為る 落日西山の際 常に去帆の影に随い 遠く長天の勢いに接す 物象余清に帰し 林巒夕麗を分てり 亭々として碧流暗く 日入りて孤霞継ぐ 洲渚遠く陰映し 湖雲尚お明霽(めいさい)なり 林は昏くして楚色来り 岸は遠くして荊門(けいもん)閉ず 夜に至りて転た清迥 蕭々として北風厲し 沙辺雁路泊し 宿処兼葭(けんか)蔽う 円月前浦に逗まり 孤琴又揺曳す 冷然として夜遂に深く 白露人の袂を沾(うるお)す(常建)
長いので訳は略す。半切二本の軸。これを聯軸(れんじく)という。
楷書 聯軸 関防印「西山」(詩題) 紙本濃墨
出典 常建
制作 2003
番号 大00062
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/06/04 上に戻る
