2008年7月 岡村大の作品
平々凡々

「平凡」だと平凡だが「平々凡々」とすると、おどけた味があって面白い。
これは「橡(とち)の木」で、どちらかと言えば渋い板である。書刻にはこのような地味な板はあまり使われない。お盆や食器にはよく使われる。
篆書 小額 書刻 橡板
彫込 拭漆仕上
18×30
制作 1999年
東京 K氏蔵
番号 大00021
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/25 上に戻る
誰か能く斗水を借し・・・

誰か能く斗水を借し 轍中の魚を活取せん(寒山)
道路のわだち(轍)にたまった水の中に泳ぐ魚がいる。干上がるのは時間の問題だ。どなたかお願いです。ひしゃく(斗水)を借りて掬い上げなくちゃ。
戦車のわだちのなかにあえいでいる難民がある。地球はあいかわらずキナくさい局面を脱していない。
「轍中の魚」は寒山のフィクションかと思っていたら、大陸では実際にあるという。個展のあと「雨期の長春で、本当に荷車のわだちに泳ぐ魚を何度も目にしました」というお手紙をいただいた。
篆書 扁額 書刻 エンジュ板 鉈彫 126×22
出典 寒山
神奈川 S氏蔵
番号 大00020
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/19 上に戻る
孔(はなはだ)顕かに光有り

孔(はなはだ)顕(あきら)かに光有り(金文銘盤)
希望の光があるのはよいことだ。誰の眼から見てもはっきりとあることが望ましい。
東周の銘盤による。「孔」は「はなはだ」と読む。生まれたばかりの子供の頭蓋骨にはスキマがある。「ひよめき」というが、それをあらわしたもの、とか子供の後頭部に印をつけたものとか、髪の毛を残す、などいろいろな解釈がある。何らかの生誕儀礼を表したものだろう。ことの重大性を反映してか「はなはだし」の意味に使われるようになる。次の字は日の下に尹、ツクリは見で「顕」と同義。「あきらかに」と読む。「有」は金文では又だけで下の月はいらないが、ここでは分かりやすく「有」とした。
茶赫土の顔料をかけて黒漆の研ぎ出し。文字には金箔でなく砂子の散乱光にした。金箔だとメタリックで平坦な感じになる。
篆書 扁額 書刻 カツラ板 浮出彫 茶赫土 金砂子 黒漆研出
64×26
出典 金文銘盤
制作 1996
大阪 M氏蔵
番号 大00019
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/13 上に戻る
東風 漫々 桃李を吹く

東風 漫々 桃李を吹く(王安石)
「漫々」というと水のイメージだが、風にも使うらしい。桃李の香を満載した風なのであろう。
この板はキハダ(黄檗)である。白太(しらた)の外側に黄色の外皮があり、これをコソゲ落として漢方薬や染料にする。なめると苦いので胃腸薬になるらしい。この写真では左上にちょっと見えている。赤身と白太の区別のはっきりとした板であるが、黄檗染めをほどこしたので、さほどはっきりとはしていない。少し黄色くなったが、自分で自分を染めにくいとみえる。
隷書 楹額 書刻 キハダ板 黄檗染 彫込
20×81
出典 王安石
番号 大00018
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/12 上に戻る
楊花 落ち尽くして 子規啼く

楊花 落ち尽くして 子規啼く(李白)
楊はヤナギ。晩春に白い花を飛ばす。子規はホトトギス。
落ちたヤナギの花で地面がまっ白になっている。葉ばかりになった木の枝にホトトギスが鳴いている。
関防印は「白い菌(しとね)」とした。
「楊」は「柳」とは違うヤナギである。この白い花の飛ぶさまはすごい。仙台の川内に東北大理学部の付属植物園がある。ここは数百種のヤナギを集めているので是非ごらんあれ。ホトトギスは日本では晩春というより初夏の鳥だが、渡り鳥なので中国とは時間差があるのだろう。
行書 書軸 雁皮紺紙 金泥
関防 白菌
出典 李白
番号 大00017
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/12 上に戻る
萬重(ばんちょう)の山

幾重にも重なりあった山なみ。
これは桑の板で、もともとコブコブした木だから材木にはならない。それにほとんどが桑の葉をとるために低く伐採をかさねて節くれだっている。桑畑が宅地に変わり、姿を消していくなかで、ときおりこんな板を発見する。もちろん大木はないが、このような小品には向いている。木のコバが山をイメージさせるので、こんな字句を彫りつけた。密度が高く磨くと大理石の肌のように光る。しかし彫るとかなり堅い。
篆書 小額 桑板 彫込 24.5×17.5
千葉 M氏蔵
番号 大00016
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/12 上に戻る
壽

素焼きした陶板にベンガラ(弁柄)で書く。赤茶色の顔料で成分は酸化第二鉄。焼成するとこげ茶色に発色する。
書いた時点ではわからないが、焼きあがると筆だまりがくっきりと残り、なぞろうものなら一目瞭然、火の神様のニラミがきいている。
壽という文字の篆書字形が何を表しているかは定かではない。上部は穂を垂れた稲、下部はくねる畦ではないか、とも言われている。
篆書 陶板 楕円額 弁柄 28×34 径16.5
焼成 八王子焼窯元 工藤孝生
東京 K氏蔵
番号 大00015
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/12 上に戻る
酒を酌んで・・・

酒を酌んで
会(かならず)や泉水に臨まん
琴を抱きて
好(いざ)や長松に倚らん(王維)
漢詩から旅と酒と琴と書物を除いたら、書くものがない。「屋中に琴書あれば」と白楽天も言っている。
松の木によりかかるのも、イメージとすればサマになっている。このような浮世離れした生活が文人の粋なひとときと考えられていたのだが、では現代は、というと耳からコードをぶらさげて、発泡酒を飲まん、となるのだろうか。
隷書 聯額 杉板 平彫 胡粉 65×92
出典 王維
東京 S氏蔵
番号 大00014
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/11 上に戻る
時に適ひて各々所を得

時に適(かな)ひて各(おのおの)所を得(韓愈)
誰もが時流に乗り遅れまいとし、ヌケガケする者あり、アオる者あり、やがてそのバブルのツケがまわってくる。時にかなうのも結構だが、各々が所を得なければ何にもなるまい。
これはケヤキの玉杢。蘇芳染めをほどこした。蘇芳は東南アジアに産するマメ科植物の樹幹。くだいてチップにし、それを煎じて板に浸透させる。ミョウバンを媒染剤に用いると、ごらんのように赤く発色する。正倉院に残る「赤漆の櫃」はこの手法によるもので、漆を使ったのではない。
今日、板を染める技法はほとんど姿を消した。塗りこめる漆にとってかわられたせいであろう。また日本は幸か不幸か良質の漆に恵まれていた。板染めは板の保護だけでなく、木目を活かせる長所がある。私はこうした伝統をさまざまな植物染剤で復元させてみたいと思っている。
隷書 扁額 ケヤキ板 蘇芳染 彫込 98×27/18.5×89
出典 韓愈
千葉 S氏蔵
番号 大00013
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/11 上に戻る
野水縦横 屋除を漱ぎ・・・

野水縦横 屋除を漱ぎ 午窓残夢
鳥相い呼ぶ
春風日々 香草を吹き 山北山南
路無からんとす(王安石)
「屋除(おくじょ)」は軒端の陰の部分。
雨季に入って野を流れる小川が縦横に走り、軒端にまで迫っている。午後の窓辺にうたた寝していると、夢うつつに鳥のさえずりが聞こえる。春風は日に日に草の香を増し、山の全面がやがて路なきまでに緑におおわれるだろう。
雨季の広野を私は眼にしたことがないが「縦横」の二字でそのスケールがわかる。春たけなわの中で、詩人は次の季節をまぶたに描いている。
木目の美しい秋田杉は実にすがすがしい。しかし杉板は彫る側からすれば、どれも難度が高い。杉の書刻作品の少ないのもうなずける。
隷書 書額 書刻 秋田杉板 平彫 36×90.5
出典 王安石
番号 大00012
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作者 : 3.岡村大
掲載 : 2008/07/03 上に戻る
