目次:岡村大
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101 松風吹解帯 山月照弾琴
松風 解帯(かいたい)を吹き
山月 弾琴(だんきん)を照らす(王維)

解帯を吹き、とはおだやかでない、などと心配なさらないでいただきたい。帯というのは官僚の身分と権威を表わすもので、帰宅してこれを外してはじめて公人から私人に戻れるのである。
私人になったところで、松風にあたりつつ、琴をつまびく心境ともなる。月光が部屋の中にまで忍び入って静かな夜になろうとしている。これぞ「安穏」な生活ではないのか。
隷書 書額 紺紙銀泥 54×69/35×50
出典 王維
関防印 安穏
制作 2006
番号 大00101
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/11/19 上に戻る
100 善保千金躯
善く保てよ千金の躯(からだ)(杜甫)
詩句は「善く保持なさいよ、大切な身体なんですから」。
まことに「千金の躯」とは言い得て妙、善く保つに如くはない。とは言え、それがなかなか難しく、だからこそこの句も千金の重みがある。
桐の板を浅く枠浚いして黒地にした。板の表面は小豆色に木目を出して仕上げた。桐は柔らかいので慎重に彫る。このような根気の要る仕事ができる健康に感謝して、ゆったりと事を運ぶわけである。
篆書 書刻額 桐板 浮出彫 金箔押
23×77
出典 杜甫
制作 2005
東京 M氏蔵
番号 大00100 これで収録作品が100になった。トリアエズここで私の作品は一段落して、他の作品に力を入れる。
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
99 聴於無声

無声を聴く(荘子)
声無き声を聴くことはむずかしい。地球の悲鳴を聞き取れなかった人類が、今世紀に直面している問題がこれだ。荘子のこの句は現代への痛烈な批判として再考の余地がある。二字目は「於」で、聴の目的語を示す。
上にのべたのは私の言い方であって解釈はこうでなければならない、というつもりはない。「あの人は何にも言わないけれど私だけは分かっている」と読むことも可能。その場合なら、屋久杉のモクメは私のゆらぐ思いとも見える。政治家なら民の声無き声に耳を傾けるのが第一の仕事であろう。
屋久杉特有の細かいモクメが、何らかのイメージを誘う。汚染された河川だろうか。平彫に黄色を入れた。
篆書は一般的には縦長。これは正方形の篆書。呉譲之の印譜を参考にした。
篆書 書刻額 屋久杉板 平彫 55×40/31×16
出典 荘子
制作 2007
東京 T氏蔵
番号 大00099
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
98 聴之以気
之(これ)を聴くに気を以ってす(荘子)
関防印は「荘子」とした。
耳を以って聴くのではなく「気」を以ってす、という。最近流行の「気功」の気ではなく大気の気だろう。心を空にし、胸に風穴を開けて大気の流れをじかに感ずれば、おのずと真理を体感する。この荘子の考え方は現代に通ずるのではないか。
大気の声に耳を傾けていれば、オゾン層の苦しみの声が届いていたはず。地球温暖化など回避できたであろうに。科学技術の進歩はいつのまにか人間を無感性で尊大な代物にしてしまっていたのだ。
隷書 書額 紙本濃墨
30×80/17×63
出典 荘子(関防印)
制作 2006
東京 N氏蔵
番号 大00098
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
97 雲白游子悲
雲白く游子悲しむ(島崎藤村)
藤村の「千曲川旅情の歌」はそのまま漢字に置き換えれば五言詩になる。
小諸孤城邊 雲白游子悲
緑繁縷不然 若草無由敷
白金衾岡辺 陽融淡雪流
ほら、この通り。明治まではことほどさように、漢学が身についていた、というより、まだ新体詩がなく詩とは漢詩のことだった。感興が自ずと読み下し文になってしまうのだろう。
この表具は紙で、俗に「泥紙」といわれ、今では作る人がほとんどない珍物。落款は大印丙戌と年号をいれた。
篆書 立軸 紙本濃墨
23×125/16×66
出典 島崎藤村
関防印 藤村
制作 2006
松本 U氏蔵
番号 大00097
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
96 含情無片言
情を含みて片言無し(儲光羲)
思いを胸に秘めているので一言もない。唐詩選の五絶「長安道」に出る。
一般的にはこの思いは「慕情」で、「あなたを思っているので、声も出ません」とも訳せるが、「片言」は無言とはニュアンスがやや違うから、「とやかく言わない」と訳すのも面白い。 この情は潔い侠気のことだとする旧釈もあるらしい。詩の内容に即すと「遊興に使った金のことは、侠気があればとやかく言わん」ということになるそうだ。
詩の前後はどうあれ、思いをこめて、くだくだ言わない、とは含みを持たせた表現で潔い。当節は饒舌だらけで男も女も喋りすぎている。
陶器のような地肌をさぐってみた。布目も少し加えたのだが、あまりはっきり出なかった。
行書 書刻額 檜板 彫込 平彫
18.5×59
出典 儲光羲
制作 2006
番号 大00096
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
95 遠岸秋沙白 連山晩照紅

遠岸 秋沙(しゅうさ)白く 連山 晩照(ばんしょう)紅(くれない)なり(杜甫)
遠岸は河の向こう岸であろう。白砂が秋の陽をあびて光っている。正面に連なる山は、夕陽の照りかえりで紅い色に映えている。杜甫の詩「秋野五首」の四にある。河と山が紅白の見事な対句となっている。
詩句にもとづいた配色は説明となり、詩句の鑑賞の妨げになるので極力避けることにしているが、たまには分かりやすい色も施したい。とくにこの句はその誘惑にさからい難い。
文字の立ち上がりを高く、線の両側の角度を極端に変え、齋白石の刀法を書刻に応用してみた。
浚いの丸ノミの跡はタテ方向にそろえ、木の目とは直角になる。このほうがノミ跡の切れもよい。文字同士を横に接するのも齋白石の印譜に学んだ。
篆書 書刻 扁額 鬼胡桃板 浮出彫 天溪研 95×20
出典 杜甫「秋野五首」の四
制作 2005
番号 大00095
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
94 八十老翁悲当世
八十老翁 当世を悲しむ
消防が放火するわ、警察が悪さするわ、官僚は猫ババするわ、教師がイジメするわ、箍(タガ)が外れちゃっているんだろうねえ、と我が家の老婆の述懐である。
仕事への誇りがなくなって、タガの外れた社会が実現している。プロ根性は何処へ行ったのか。老人にできることは悲しむだけなのだろうか。
これは私の作文で出典はない。額は骸骨のような黄色い縁にした。
篆書 書額 紙本濃墨
32×82/20×66
制作 2006
番号 大00094
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
93 風吹餘春慰河堤
風吹きて 餘春(よしゅん) 河堤(かてい)を慰む
春の名残の風がやわらかく吹いている。なだらかな河の土手(つつみ)をやさしく慰めているかのようだ。
字形は「老三諱字忌日記・刻石(52年A.D.)」に学んだ。ロウサンキジキジッキと読む。漢隷の古いものの代表である。
隷書は右ハライにあたるところを「波磔(はたく)」というが、この時代には右にズンと筆を下げるだけで払わない。隷書は波磔だとばかりに、やたらと払う書家が多いが、古隷ではあくまで控えめで、最古のものはむしろ払わないのである。漢代の古隷はまだまだ書家の勉強の対象になっていない。
この板は北米産でバーズアイ・メイプルという。ひこばえの跡らしき小さな斑点が特徴である。バーズアイとはよく云ったものだ。樹液がメイプルシロップになるのであろうか。ちょっと粘り気のある板である。表面は入念に磨きこんだ。
隷書 書刻 楹額 メイプル板 彫込 刳彫 15×56
出典 自作
制作 2006
東京 M氏蔵
番号 大00093
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/08/06 上に戻る
92 長楽
長楽(ちょうらく)
四方から雫が垂れたようなおかしな額である。小窓いっぱいに二字。赤は岩絵具を使った。文字は黒漆。
篆書 書刻 小額 桂板
浮出彫 15×15/3×3
制作 2006
番号 大00092
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/07/10 上に戻る
