目次:岡村大
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141 微風韻可聴
微風の韻聴くべし(杜甫)
光を運ぶ風もあれば、音を運ぶ風もある。 微風は強風とは違って大声を出さない。しかし耳を澄ませていると、わずかな響きが律動を伴っている。それに耳を傾けなさい、というのである。韻という語は音の響きプラス美しいリズム、音楽的な調和を意味していよう。詩の韻律とも通じている。詩人は韻律を介して音に敏感な人でもある。それが春の息吹か、秋の気配か、読む人にまかせよう。
欅の肌をそのままに、木目に色を入れて強調した。ここにも自然のたくまざる韻律が組み込まれている。
楷書 書刻 小額 欅板 平彫 18×30
出典 杜甫
制作 2006
番号 大00141
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/06/01 上に戻る
140 談笑無還期

談笑(だんしょう) 還期(かんき)無し(王維)
「還期(かんき)」は「帰りどき」。楽しく談笑するうち、すっかり帰るしおどきをなくしてしまった。よほど楽しい語らいがあったに違いない。客間はかくありたきもの。
板はカヤ(榧)である。将棋の駒にも使われる。油気があって刃切れがよい。そして独特の香りがある。色は大津絵の色あわせを参考にした。黄土色の地に大胆な黒と淡い朱だけ、という取り合わせである。上下の二本線のすきまに淡い朱を入れてある。第20回青溪会展出品作。
篆書/書刻/額/榧板/浮出彫/130×30cm/出典 王維/制作 1998/番号 大00140/
篆書(ten-sho): oldest script of five letter-styles(五書体)/ 書刻(sho-koku): wood carving of calligraphy/ 額(ei-
gaku) tablet / 榧板(kaya board): japanese nutmeg (tree)/ 浮出彫(ukidashi-bori) : relief letters/ size:130×30cm/ 出典(shyutten): Wang wei (王維)/1998/ No.大00140/番号 大00140/
【Literal interpretation】 Pleasant conversation(談笑)has no chance to say good-by(無還期).
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/05/25 上に戻る
139 青溪書苑
青溪書苑
新富町の青溪書苑の表札。青から赤に変えた。四年目にリニューアルして気分を新たにした。
金文であっても看板だから読みやすくした。地の茶色は細かい岩絵具である。水干絵具でもよいが粒子がある分だけ落ち着いてみえる。光を吸収し乱反射させる効果があるからである。
総浚いのノミ跡の面白さを生かすためには、多少の注意を要する。彫り跡がよくわかるように、オイルステンなどで軽く拭くと、どこを直せばよいかがはっきりする。ただあまり手を入れると神経質な地模様になってしまう。
篆書 書刻 表札 朴板 彫込
平彫 胡粉 18×45
制作 2006
番号 大00139
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/05/18 上に戻る
138 雕鐫窮歳年
雕り鐫(きざ)んで歳年を窮めん(元好問)
雕は音は「チョウ」彫の本字。鐫は「セン」と読む。どちらも彫るの意。カネヘンは道具としてのタガネの意味もある。2004年の年末から書刻に精を出して一段落した私の実感。「歳年を窮む」とは「たっぷり時間をかけてさらにこの道にはげもう」という感じだろう。
元好問は元代の詩人。原詩では「雕鐫」に皮肉な感情をこめて、修辞にこだわる詩人を指すが、ここは素直に「彫る」の意味のつもり。
楷書の横棒は中ほどで上にふくらむ覆勢となるが、シャクれる形を多用したらどうなるか、という実験で、それにともなってハネとハライを工夫したものである。当時はこのような異形の楷書にこっていたが、今ではマットウな書き方をしている。楷書は鳴鶴を基本に独自性をいかに盛り込むかが私の宿命でもあるので、ときどき新しい書きっぷりを試すことがあるのである。
印は「大所作」。作は篆書ではニンベンなしで使われることが多い。(右)。自刻である。
楷書 書額 紙本濃墨 36×66/16×49
出典 元好問
制作 2005
番号 大00138
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/05/10 上に戻る
137 柳色青山映 梨花夕鳥蔵
柳色 青山に映え
梨花 夕鳥を蔵す(王維)
柳の緑が青い山に映えて美しい。夕暮れになると、白い梨の花の中に小鳥が隠れる。
「映」ははえる。緑が青を、青が緑を、日暮れの赤が白い梨の花を、より効果的にお互いに引き立てあっている。
「蔵」はしまう、おさめる、かくす、で、花が鳥をしまってくれるのである。
王維の詩は「春山」となっているが、色彩感のある二行なので「青山」にかえてみた。
緑か青に塗りたいところだが、それこそ見る人のイメージにまかせて、地色には敢えてそれを避けた。色は古代朱である。
彫りは浅い平彫り。難度の高い彫りとされる。
草書 書刻額 朴板 彫込 平彫 文字胡粉 35×45
出典 王維
制作 2004
番号 大00137
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/04/05 上に戻る
136 春日佳気多

春日佳気多し(儲光羲)
文字通りの意味。世の中「佳気」が多いほうがよろしい。
唐詩選にある。かなり厚い欅で根っこに近いせいか木目が錯綜している。硬いだろうと予測したがねっとりとした切れ味だった。欅の場合、胡粉はやや黄ばんでしまう。何度かメドメしてもである。木のアクが出るのであろう。最近はそれに逆らわないことにした。五百年ほどすれば木も観念してアクも収まるだろう。
篆書 書刻 小額 欅板 拭漆仕上 彫込 薬研彫 39×21
出典 儲光羲(しょこうぎ)
制作 2004
番号 大00136
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/03/29 上に戻る
135 桃紅復含宿雨
桃紅 復た宿雨を含む(王維)
宿雨は宵越しの雨。くれない色の桃の花びらが昨夜からの雨にしっとりと濡れそぼっている。
隷書 小額 書刻(橡) 彫込
拭漆仕上 17×30
出典 王維
制作 2001
東京 M氏蔵
番号 大00135
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/03/22 上に戻る
134 宿昔青雲志
宿昔(むかし) 青雲の志
蹉蛇(さだ)たり白髪の年
誰か知らん 明鏡の裏
形影自から相憐れまんとは(張九齢)
張九齢の五絶。唐詩選に出る。
若かりし頃は青雲の志を抱いていたが、何たること、すでに白髪の老年になってしまっている。鏡を見たまえ。映っている自分と、それを見ている自分が相憐れんでいるなどと、誰が予想しただろうか。
「宿昔(シュクセキ)」は「遠い昔」。
「蹉蛇(さだ)」とは「つまづく、こと志に反する、挫折する」ことをいう。
楷書 立軸 半切 紙本濃墨
45×130
出典 張九齢「照鏡見白髪」
制作 2006
番号 大00134
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/03/15 上に戻る
133 野嚝寒山静
野嚝く寒山静かなり (王維)
「嚝く」は「はるかに」とも読める。寒山は王維も訪れて名詩を作っている。王維は仏教徒でもあった。
このようなケヤキの板がいくつもあるので、てっきりケヤキだと思って彫り始めたら感触が違う。明らかに槐(えんじゅ)である。以前何度も彫っているので感触を憶えていたのである。
針葉樹とは異なり、木目の導管が粗いので砥粉をかけて木目を強調する。このような塗装を古代仕上げというらしい。木肌の着色はくすんだ灰色にするようだが、槐の色を残した茶色にした。
草書 書刻 小額 槐板 彫込 平彫 文字銀 25×50/8.5×35
出典 王維
制作 2005
番号 大00133
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/03/10 上に戻る
132 風

「風」という篆書は甲骨文字では「鳳」の形で、中に「虫」が入っていない。四方から吹く風は神鳥のはばたきに起因するらしい。鳥はその神の死者であった。のちの秦の時代になると鳥ではなく龍の形に転じた。「虫」ではなく天上の龍なのである。「雲」や「虹」なども同じ天上の龍のしわざだと考えていた。
一字作というのはあまり作らないことにしている。文字というより語句、詩句を書としたいからで、これは特例である。
実は、本のカットに用いたもので「文字カット」という私の試みである。コンピューターの画像処理をほどこして「俳句でキリスト教」という本に採用されている。
篆書 書額 紙本濃墨 28×33/10×15
出典 とくになし
制作 2005
番号 大00132
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2012/02/09 上に戻る
