岡村大の作品
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悠々

悠々(ゆうゆう)
タイル四枚に一字というのは、均一に焼けてはじめて一作ということである。ところが陶芸の火のまわり方は、こちらの思った通りにならないから面白い。これは運良くまわってくれたのである。
「悠」の字は『字通(白川静)』によると、人の背中に水をそそぎ清める形。その禊(みそぎ)を終えた清々しい心情を「悠」というようだ。字の左上が人。その右のタテ棒が背中を意味する。右上は手に棒(道具)を持った形で、何らかの行為(=ここでは水を潅ぐ行為)を表す。下は「心」。
従来の『説文』の解釈では、『詩経』を典拠として「憂」の意味だとされてきたが、白川先生は「これは字形の本羲ではない」と一蹴。攸、修、滌はみな「みそぎ」に関する字形だと体系的に解説している。
「みそぎ」というと日本的な表現だが、インドでは「沐浴、または灌頂(かんぢょう)」、ユダヤでは「バプテスマ(洗礼)」があり、中国では「悠」だと知れば文化の共通性に気付くのである。
篆書 陶板 組みタイル 弁柄 35×30(額)/16×17(四枚)
出典 とくになし
焼成 八王子焼窯元・工藤孝生
制作 2004
東京 T氏蔵
番号 大00058
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/02/19
悠々

悠々
陶板の小品。これは注文された語句で、このあとに掲載する陶板もこのとき作ったものである。同じ漢字二字の語句には魅力的なものもあり、「堂々」とか「快々」とか「淡々」とか、部屋に飾りたいという思いを抱かせる。書く側としては一字に「二」をつければよいので、ちょっと楽をしている。
篆書 陶板楕円額 呉須 4×6(本体)
出典 とくになし
焼成 八王子焼窯元・工藤孝生
制作 2004
東京 個人蔵
番号 大00057
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/02/11
一鳥華間鳴 借問此何時

一鳥 華間に鳴く 借問す「此れ何時(なんどき)ぞ」と。春風 流鶯語る(李白)
春の庭。花のなかで鳥の声。酔いから醒めて「おや、今は何時ごろかな」と思う。いやいや、春風が鶯の声を聞かせてくれていたんだ。
この詩はこのあと「之に感じて嘆息せんと欲す」とあって李白はいたく感動したのである。「借問す」とは定句であって、ちょっと自問したわけである。酔っ払って寝たので時間感覚がすぐには戻らなかったのであろう。ものの本には「今はどういう時季か(何れの時ぞ)」ともあるが、時節を問うたのではあるまい。酔わなくてもよくあることだ。春風に乗って鶯が語りかけてくれていたのである。
篆書 風炉先屏風
出典 李白「春日酔起言志」
制作 1998
番号 大00056
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/01/23
梨花淡白柳深青
梨花は淡白 柳は深青(蘇軾)
文意は簡単。説明するまでもないだろう。
板はケヤキ。色は岩絵具の群青を用いた。
板に顔料を塗ると、紙のようにすぐに水分を吸って乾いてはくれない。絵具だまりが長時間にわたる。その間に、粒子の重いものが沈潜し、粒子の小さい軽いものが浮き上がってくる。岩絵具は粒子の小さいものほど白みを増すので、ご覧のように絵具むらができ、鑿(ノミ)の彫りあとを見せてくれる。そこをあらかじめ計算に入れて、粒子の大きさや、絵具の比重を知っておく必要がある。残念ながら画材に比重の記載がないので、経験によるしかないのである。紙に描くのとは違った絵具との付き合い方もあるのである。
草書 書刻 楹額 ケヤキ板 彫込 群青
26×139
出典 蘇軾
制作 2003
番号 大00055
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2010/01/09
凝碧池頭奏管弦

凝碧(ぎょうへき)池頭(ちとう) 管弦を奏す(王維)
長安の宮殿内にあった凝碧池。そのほとりで音楽会をしている。と、これだけを取り上げたのでおだやかな光景となっている。
しかし、この詩は唐朝がチベット族に一時都を占領されて、その祝宴がこの池のほとりで催されたので、嘆いているのである。詩文の一句を採用する場合に、原詩に沿うべきか、独立した意味で用いるか、という二通りがあるが、作品としてこれをとりあげて、原詩に即するなら、詩文全部を書くべきであろう。原詩を手がかりに自由な発想を意図することもありうると思う。
隷書 書刻 エンジュ板 彫込 緑青 120×20
出典 王維
制作 1998
東京 A氏蔵
番号 大00054
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2009/12/19
誰憐酔後歌
誰か憐れまん 酔後の歌(杜甫)
この酔いかたは普通ではない。哀切ただよう酒である。杜甫は生涯酒を愛し、詩と旅と酒を友としたが、時には悲しみの酒もあったであろう。醒めたあとに聞こえてくる歌に異国をさすらう旅愁をかきたてられたのか。
「誰か憐れまん」とは「これが憐れでなくてなんであろう。ひたすら憐れだ」という常套句。「誰が哀れむか、誰も哀れまない」という反語ではない。
地には緑と赤の岩絵具を用い、やや複雑に仕上げてみた。
隷書 書刻 楹額 20×70
出典 杜甫
制作 1998
東京 S氏蔵
番号 大00053
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2009/12/02
起き来たって両甌の茶

起き来たって両甌(りょうおう)の茶(白居易)
どこの家にもありそうな栓(せん)のお盆に彫った。茶碗をのせても邪魔にならない程度に字を配した。
「甌(おう)」は茶碗のこと。起きがけにお茶を二服。というほどの意味。
はじめの「起」と最後の「茶」は行書。中の三字は草書。厳密にいえば「行草書」という。アタマとシッポが行書だと取っつきやすいし、読みやすいこともあって併用する場合が多い。
行草書 書刻 盆(栓) 46×22
出典 白居易
制作 2003
東京 S氏蔵
番号 大00052
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2009/11/01
青苔日厚自無塵
青苔(せいたい)日に厚く自ら塵無し
「日厚」は日に日に厚さを増して、の意味。苔むして、というと古めかしい年季の入ったイメージだが、この苔はそうではない。日増しに新しさを付け加えている新鮮な青さである。だから塵の積もるスキがないのだ。
外溝彫りの巾を大きくとり、余白の形に注意を払った。私がしばしば手がける「枠浮出し」の逆バージョンである。枠浮出しは枠の中の文字を浮出し彫りにするが、これは枠を彫り込まずにそのままにし、文字の外側を溝彫りしている。板の左右にはこのような枠が彫り下げられ、ここのハツリもノミ目の見せ場となるわけである。
行書 書刻額 カヤ板 外溝彫 38×85
出典 王維
制作 2003
番号 大00051
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2009/08/21
長楽萬歳
ちょうらくばんざい
陶板に呉須で4字。この呉須は墨呉須といい、やや渋い。額はイチイの木のハギレを用いた。
日本が長寿国となって記録を更新しつつあるが、どうせ長寿なら「長楽」でありたい。
漢代の瓦当文を参考にした。
隷書 陶板額 墨呉須 16.5×16
制作 2002
長野 H氏蔵
番号 大00050
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2009/07/19
青天無片雲
青天 片雲無し(李白)
雲ひとつない青空。昔は「日本晴れ」という言葉があったが、今の日本は曇天ばかりで、お世辞にも日本晴れとは言いがたい。
省庁がムダな片雲を出し合っていれば、そりゃ曇天にもなるわな。
字の色は群青(ぐんじょう)。ケヤキの板にはよく映える。
草書 書刻 ケヤキ板 浅平彫
19×53.5
出典 李白
制作 2002
鎌倉 M氏蔵
番号 大00049
作者 : 3.岡村大
掲載 : 2009/07/04
