5 筆録の系譜 18)プラトンの講演
プラトンは公的な席で一回だけ講演を行った、といわれます。アリストテレスの弟子アリストクセノスによれば「善について」の講義だったといいます。
このときの講義に参列した人は一般人ではなく専門家たちでした。アリストテレスはいうまでもなく、スペウシッポスはプラトンの甥で、アカデメイアの第二代学頭になった人です。クセノクラテスは第三代の学頭、ヘラクレイデスはプラトンの晩年に深いかかわりを持った政治家、などの高等研究員たちでした。プラトン・ゼミのトップクラスの人たちはこの講義をメモし、出版さえもしようとしていたようです。(「プラトンの学園アカデメイア」広川洋一 岩波 pp.167)
プラトンがソクラテス直系のディアレクティケーを採用していたにもかかわらず、講義形式をたとえ一回だけだったとしても行った、ということ自体、やはり耳の時代から目の時代へと流れは移りつつあった、ということになりましょう。
アカデメイアの研究活動はもちろん「耳の伝統」に従っており、講義は「例外的な」形式でした。これが出版されたか、アカデメイアに出版部ができたか、はわかっていません。しかしソクラテスの時代から書物の売買はありました。(ソクラテスの弁明 26DE)
紀元前400年から300年にかけて書物の需要が増大し、ギリシアは書物が重要な輸出品目の一つともなっていました。そうした時代の波は早くもソクラテスの足元を洗っていたのであり、それゆえソクラテスは文字の脅威を察知し、記憶能力の低下に警鐘をならさねばなりませんでした。
掲載日時 2010 年 09 月 03 日 - PM 12 : 30
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