5 筆録の系譜 17)口誦の伝承
文字が生まれたらただちに「筆録」が行われるようになったと早急に考えるのは、今の人間の思い込みです。筆録には筆録の系譜があり、音に頼る時代から脱却するまでに存外長くかかったと見るべきです。ベルリン・パピュロスの存在は、口誦が9世紀ごろまで続いており、それが案外正確に伝わっていたことを物語っているのではないでしょうか。プラトンの歿後、1260年間も写本が失われていた、というよりはその間、口誦の伝承がプラトン学派を支えていたために、筆録は要らなかったのでしょう。
耳の伝承は書物の売買が行われるようになっても、まだ根強く残っていました。人の演説をメモなしで聞き取り、それを憶えて後で別の人に言ってみせる、という人間テープレコーダーのような能力は、紀元1世紀のローマにおいてさえも極く普通のことと考えられていたようです。
すでに述べたとおり、人の話を傾聴して頭脳細胞の中に叩き込むという幼い頃からの習慣が、人格の形成に欠かすことのできないものである、という信念がまっとうに機能していた時代でした。そして、それこそが人間の内なる魂を呼び起こす源泉となっていました。同時にそれをかき立てるだけの魅力ある言葉を直接口から発することに、具体的な意味があったのであり、それを強く意識していたのが、ほかならぬソクラテスであったことはいうまでもありません。
しかし、それにもかかわらず、三千年来の耳の伝承は徐々に薄らいで行きます。ソクラテスの意味した「真の知」は、文字によって残すことのできる「単なる情報としての知識」ではなかったはずですが、時代は人間の魂の問題よりも「情報」の収集、整理へと向かって行くのです。したがって哲学者たちの関心も次第にそちらへ移って行きました。
掲載日時 2010 年 09 月 02 日 - PM 01 : 13
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