5 筆録の系譜 16)耳から目へ - エッセイ論文

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5 筆録の系譜 16)耳から目へ

 自分のためのメモである以上、他者にとっての利用価値はありません。抜群の記憶力を持つ人だったとしましょう。当然彼は自分の憶えにくいところを断片的にメモすれば充分です。前後の脈絡はすでに頭の中にあるのです。

 後世の人がありがたい資料だと思えるほど長々と書き込んでいる備忘があったとすれば、それは初学者のものに決まっています。メモるより先に暗記のトレーニングをしろ、と云われたに違いありません。メモなど見るのはカンニングだと怒られて取り上げられてしまったでしょう。紙だって安くはないのです。

 このようにイメージすると初期の写本のあり方が資料というよりは別の方向を向いていることがわかります。それを後世の資料と同列に扱うこと自体に無理があり、いわば後世の人間の考え方をあてはめたにすぎません。もしこれがレオナルド・ダ・ヴィンチの筆写本だったらどうでしょう。ダ・ヴィンチなら自分の思考を文字に託した時代の人ですから、その写本は文献資料としての価値があり、写本同士を照合することは方法論として理にかなっています。けれどもプラトン歿後50年ほどのパピュロス本の筆記者がダ・ヴィンチと同じ意識を文字に対して持ってはいなかったのです。

 さきにプラトン学者の「失望」は耳の時代を考えている私にとって興味深い失望だと述べたのですが、予測できる失望ではありませんか。音の時代、つまり記憶するトレーニングを主体としていた時代の文書は、今日の書物のように「分かち書き」や「句読点」などもありません。声が主役ですから、文字は声を引き出すきっかけとなればよいわけで、読む側が耳で習った記憶によって、区切って読んでいたのです。句読点や分かち書き、カギカッコなどは目で黙読するようになる時代の所産です。耳から目への転換がここにあります。

 プラトン時代のパピュロス本は「もろくて壊れやすいから、あったけれども失われてしまった」のではなく、もともとないのです。

掲載日時 2010 年 08 月 25 日 - PM 02 : 54

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