5 筆録の系譜 11)覚悟の筆録
今私たちがソクラテスの考えを知ることができるのは、弟子のプラトン(前427~347)が「書き残して」くれたおかげです。プラトンはパイドロスとソクラテスの会話には参加していませんから、パイドロスから聞いた話を書き留めたのです。この中にはさきに記したような「文字否定」の言葉があり、それをプラトンは「文字」で記(しる)したことになります。
師のソクラテスなら「止めとけ」とでも言ったであろうことは百も承知で書いたのです。これは師への反逆でもありますから、恐らく人知れず、ひそかに書いて秘匿していたのではないでしょうか。まあ、師の死後には公表するつもりでは居たかもしれません。その動機は師の言葉を後世に残したいという、止むに止まれぬ覚悟の筆録だったはずです。
パイドロスの長々とした話をよくもまあ克明に甦らせたことよ、と感心してしまいますが、私はそうは思いません。
プラトンはアカデメイアの秀才で、第一の後継者です。抜群の記憶力があったと考えて不思議はありません。そうでなくとも「耳の時代」なのです。人の話に耳を傾ける基礎訓練が不可欠の時代のエリートです。若い頃には政治家になろうと考え、演説のためにソフィストの手管をも学ぼうとしたほどの弁舌の人でもありました。演説はメモなど見ずになされたに相違ありません。
また彼は詩の素養もありました。当時の詩人は自分の詩集をめくりながら朗読するといったようなことはありません。ある程度は即興で、ホメロスの一節や古謡などを巧みに取り入れて詩を吟ずるのです。若きプラトンもそんなことは「お茶の子さいさい屁の河童、か河童の屁」であったと思います。パイドロスの話など、その日のうちに一言一句違うことなく思い起こす能力は充分すぎるほどあった、と私は信じています。
掲載日時 2010 年 07 月 17 日 - PM 02 : 21
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