5 筆録の系譜 8)一方通行
今、私たちはテレビの画像にどっぷりと浸っています。その映像が一方通行であり、発信する側の恣意的な操作、受けとめる我々の無力、などが問題になっていることはご存知の通りです。テレビのニュースが真実の正確な報道たりえているかといえば、はなはだ心もとない状況にあるのではないでしょうか。
小泉劇場を演出したのもテレビなら、それを今叩いているのもテレビです。視聴率のためなら、どのチャンネルも目先の話題性のあるテーマに群がり、結果的には「繰り返し」放映され、繰り返しのうちに世論が形成されてゆきます。新聞の世論調査なるものがそれを跡付けるという図式です。
これこそ対話のない時代の大きな特徴です。言いっぱなし、放映しっぱなしですから、反論はできません。最近のブログなどへの中傷、心無い非難なども言いっぱなしの弊害です。
ソクラテスが提起した文字と我々との相関関係は、現代の諸問題にきわめて似通っていることに気がつくでしょう。人々が「ふれあい」を求めている、スキンシップの重要性が老人福祉の大切な課題となっていることなどと合わせて考えると、文字や映像が我々人間の立ち位置に果たして居るのだろうかという疑問にかられます。
テレビの暴力に眉を顰める人がいるように、ソクラテスは文字というものに眉を顰めているのです。これほど明確な文字否定の意識を持った人格が、いにしえのアテネにあったのです。対話という言葉のスキンシップが希薄になった現代だからこそ、よくよく考えねばなりません。
掲載日時 2010 年 06 月 25 日 - PM 01 : 50
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