4-27 扇面考 トータルを構想する
扇面というユニークな形は、重ねても耐えられる美しさを保っていました。ランダムにばらまいてみたら、やはり効果的でした。それが「扇面散らし」です。このランダムなところが極めて日本的と言えましょう。日本人は左右相称を生理的に嫌うのか一概には決めつけられません。宗達の屏風は一見ランダムのようですが、よく見ると左右相称です。宗達が総合的な構成をしっかり考えていたことは疑いえないようです。
能装束の扇面はそれぞれが同じ図柄の繰り返しであってよく、むしろ同じ形、色の反覆が、快い調和をもたらすことになりますが、書は模様ではないので、また次元の違った世界を形成することになります。
書で扇面散らしを試みることに話を移しましょう。例えば小さな扇面を5枚用意し、半切1/2くらいの紙面に散らしてみるとします。全体を過不足なく、バランスもよく収めるために、さまざまに位置を工夫するのは当然の第一歩です。しかし大切なことは、この5枚がバラバラではなく、全体としてひとつのまとまり、すべてに通ずるテーマを持つことです。ちょうど組み写真のように、それぞれがテーマ性をもち、全体としてある主張が内蔵されていなくてはなりません。
新古今から自分の好きな歌五首を拾ってきて並べただけ、のような意味のないことをしている書人が結構います。それは自分の自己満足を人様に見せるだけです。書は同時に文学でもあり、必然的に意味を持つ生きものなのです。書き手が文学に無関心ではどうしようもありません。「扇面散らし」はあくまでも「寄せ集め」の散らしであってはならず、個々の集合の持つ「トータル」が構想されるから五枚の意味があるのです。
手始めに北原白秋の『桐の花』には「夜を待つ人」と題して4首、というような題詠があります。このようなところに目のコバ(小端)を働かせる読書が、あなたの書世界を広げてくれるはずです。
掲載日時 2010 年 01 月 30 日 - PM 05 : 04
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