1 書は日用品(1)みんなが使う

書道に関する私のコラムをこれからはじめます。
書はあらためてはじめるもの、特殊な人たちがたしなむもの、先生に弟子入りしてはじめるもの、などなど、いろいろなイメージをもたれています。しかし、原点にかえって考えると、書はまず「日用品」でもあることを忘れてはいませんか。
どこかの会場に「出口」と書いてあれば、入ろうとした人は「入口」という文字をさがすでしょう。たった二つの漢字がメッセージを伝えてくれます。そうでなければ、主催者は誰かを立たせて「入り口はあちらでーす」とさけびつづけなければなりません。文字という実に便利なものを古代人は考えたものです。たいていの人は朝起きてから、何らかのかたちで文字に囲まれてすごします。ちょうど湯呑みやご飯茶碗のような日用雑器と思ってよろしい。みんなが使えて便利なもの、なのです。書というものを考えるきっかけとして、わたしはこのコラムを、ここからスタートしたいと思います。
さて、そこで、みんなが使えるからにはルールが必要です。「おれは三という字を、たて三本の棒で書く」といばってもダメです。それじゃ川という字が困ります。ですが、書の展覧会に行って、読める字がいかほどありますか。
「書道展で読もうなんて思わないよ」と正直に私に言った人があります。これはある真実を物語っています。読むためにある文字が、書となるとそうではないものに、いつのまにか変身しているのです。世間一般の人が、読もうとしない書とはいったい何なのでしょうか。
書は日用品でもあるという原点に、あらためて思いをいたすと、さまざまなことが浮かび上がってくるように思えます。
掲載日時 2008 年 02 月 17 日 - PM 03 : 31
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