54 変化を楽しむ
右は天溪の「無」の楷書バリエーションです。たった一字だけでもこのくらいの変化があります。字形は同じでも筆法を変え、あるいは線の付けかたを変えるなど、伝統書の用例を拾い上げてさまざまに書いているのです。
これが「無心」と二字になると、次の字とのつながりはどうか、並んだ構成はどうか、などの要素が加わり複雑になります。「虚無」と書くなら、今度は上の字形との調和を考えねばなりません。奥は深まるばかりで飽きている暇はありません。下の四つの点だって同じではなく、それぞれに表情があります。
変化を楽しむというのはこういうことです。傍目では筆で同じことをやっているように見えます。しかし書いている本人はああでもない、こうでもない、このほうが面白い、このほうがカッコいい、と悪戦苦闘し、そのつど喜んだり、ガッカリしたり喜怒哀楽の時間を過ごします。一日かけて一字に取り組むということもあるわけです。
どうですか。面白そうでしょう。そう思う人はお習字に向いています。試みにこの無の字をお書きになってください。点の向きだけでなくタテ棒の長さや上下の接点も違いますよ。
これは『岡村天溪 楷書の世界』(2007年刊、檜書店)に掲載しています。詳細はこちら。
12月のこのコラムはここまで。では皆様よいお年を。
掲載日時 2009 年 12 月 28 日 - PM 03 : 19
