51 ものまね
テレビを見ているとものまね芸人が活躍しています。有名人なら誰でも彼らのかっこうのネタにされてしまいます。政治家、歌手、アスリート、何でもござれです。あまりに似ていて笑うことを忘れるほどの人もいます。
真似られるのは主に「声色」と「しぐさ」でしょう。これは視聴覚時代を物語っているのでしょう。たとえば「筆跡を真似る芸人」というジャンルはありません。
しかし昔は「筆跡を真似てみせる」という隠し芸がありました。私の叔父は若くしてなくなったのですが、字のうまい人で、誰それの字を即座に書いてみせるという特技がありました。あるとき、有名な政治家に面会したいのだが、コネがなくて、という人がいて、叔父は即座に「○○君を御引見被下度候 西園寺公望」と奉書に太々と書いて渡したところ、いとも簡単に面会できたそうです。そんな逸話(文書偽造ですね)を聞いて育った私ですが、これは「西園寺公望」や「板垣退助」の字などが巷間に出回っていた時代でなければなりません。昔の偉い人はよく人に乞われて筆をとったし、庶民も著名人の書き癖を知っていたのです。
今は人の筆跡を真似る面白さを芸にする人はありませんが、例えば「大江健三郎」の原稿用紙の字を真似ろといわれれば、私なら即座に鉛筆をとります。でも、きっとウケないでしょう。
書の基本は「ものまね」にあります。「学ぶ」は「まねぶ」だと言う人もあります。これは字が「書法」つまり法則にもとづいて成立しているからです。「俺はサンズイを五つにする」と言ってもダメです。ワカンムリに点を勝手につけてはなりません。大、犬、太と点の位置にも決まりがあります。そのために正しい書を「まねる」のです。ただしどうせ真似るなら正しく、美しい、上質なもの(古典)を範としましょう。それが「臨書」です。
掲載日時 2009 年 12 月 02 日 - PM 09 : 59
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