33 文字看板めぐり(12)三井本館≪岡村天溪≫
「いつのまにか日本橋まで来てしまいました。へとへとです。」
「向かい側の三井ビルの千疋屋で一と休みしよう。」
「ここも見るべき看板があるんですか?」
「いや、今はないので、アイスをなめる。」
「大賛成です。実は凮月堂で一服するかと期待してました。」
「君と看板のある店に着くたびに食べていたら、ふところが心配だ。」
「しかし、面白いオ宝を見て、少し物識りになった気がします。」
「私のように字に眼がとまる人間や、また別のものに気がつく人間がいて、それぞれにウンチクを傾けたら、散歩はもっと楽しくなるね。ところで、このビルはごく最近改築したが、以前は『三井本館』という看板がかかっていたんだよ。これがその写真だ。」

「実は、この字は私のオヤジ岡村天溪の隷書で、別の仕事から勝手に拾って作られてしまった。」
「勝手に? まさか。」
「著作権なんてない時代だから、気がついたらこうなっていて、書いた本人が『あれま』と思っただけ。」
「のんびりした話ですね。」
「館という字の旁(つくり)の下のほうが少し左に傾いている。恐らくこの部分は株券の篆額から取ったものだろう。あれはアーチ形に書くからね。金属板屋が少し字形をいじったらしく『アタシの字があんなになっちゃって。言ってくれたらちゃんと書いたのに・・・』と嘆いていた。今はもう見られないけどね。というわけで、巨峰のシャーベットなんか、どうだい?」
掲載日時 2008 年 10 月 09 日 - PM 09 : 32
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