31 文字看板めぐり(10)京橋≪丹羽海鶴≫
ちょっと朗報です。京橋には明治8年から大正
11年まで架かっていた名入りの親柱(擬宝珠つき石柱)が残されていて、書は佐々木支陰(詩人)。一時は日比谷公園にありましたが、昭和8年に京橋の台地整備の際に戻されました。(写真上右)
今の京橋は関東大震災の前年(大正11年)に改築されたもので、すさまじい振動に耐え今に至っているものです。その標札(銘板)は南側にいかめしく建っておりまして(写真上左)、ちょっと軍国主義的な雰囲気もありますが、これはまぎれもなく丹羽海鶴(にわかいかく 1863~1931)の楷書です。
采女橋と同様ブロンズ製で、これは横書き。「う」「はし」のひらがなも采女橋の筆致と同じです。(写真下2枚) すでにこの頃から丹羽海鶴が橋と関わっていたことが分かります。

橋のたもとの説明文には、又しても揮毫者・海鶴の名がありません。
調べて分からなかったのか、調べもしなかったのか、まさか書き手なんかどうでもいいと思っていたのではないでしょうね。私も鶴門の端くれですから、擬宝珠にあって、こちらにないのはどうしてだ、ただちに直せ、と思っています。憎まれ口ついでに書についていえば、擬宝珠のは凡庸で海鶴に及ぶべくもありません。どんな詩を書いた人か、寡聞にして存じません。あしからず。
掲載日時 2008 年 09 月 25 日 - PM 01 : 29
