39 木の文化(16)漆の訳語 - 書道コラム

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39 木の文化(16)漆の訳語

 漆でいつも気になるのは、英語でこれを lacquer と訳すことです。
「えっ、ラッカー? じゃないでしょ」。と思いませんか。日本ではラッカーはペイント(塗料)であって、漆とひとくくりにはできない語感を持っています。なるほど漆も樹脂塗料ではありますが、歴史と伝統、そして日本の誇りを持った格調の高さがラッカーの訳語では台なしです。

 Japanese lacquer とか、 Urushi lacquer とか苦肉の策といいたい訳語をあてている本もあります。しかしそれも厳密な意味で訳語とはいえないでしょう。このようなヨーロッパにはない文化を世界に紹介し、発信するためには、訳語には注意深さが必要であり、日本語ができるというだけで、日本の文化を深く知らない英語圏の人に和訳を依頼することに無理があります。

 8世紀にチベットで仏典翻訳のための辞書が作られました。『翻訳名義集』といわれますが、この序文(ダージョル・バンポーニ)に、インドにあってチベットにない動植物名の訳法として Padma me-tog (パドマという花)のように訳す、と言っています。さきの「ウルシ・ラッカー」のたぐいです。

 書道用語の例をあげると、「墨」をどの本も black ink としています。「インクかいな」というのが一般の日本人の受けとめ方だと思いますが、これを sumi ink とでもするしかないのでは、8世紀のチベット人の知恵とおっつかっつ(この言葉はもう死語かな?)で、お粗末のかぎりです。

 とりあえず、lampblack ink, soot hardened by glue とでも提案しておきましょうか。

 漆の話の最後に、付け加えておきたいことがあります。岩波新書(文庫もある)の『うるしの話』(松田権六)は名著ですから、ぜひお読みください。しかも「名文」で、私は文章を書く最良の手本としています。これは松田権六さんの話を北川桃雄氏が「聞き書き」したもので、漆という特殊な世界をこれほど平明に伝えてくれる文章力は並ではありません。ひとえに北川氏の筆力です。




掲載日時 2009 年 06 月 07 日 - PM 03 : 44

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