32 木の文化(9)珍しい楷(かい)の木 - 書道コラム

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32 木の文化(9)珍しい楷(かい)の木

null 楷書の「楷」という字は、木ヘンに皆と書きます。『説文』では「皆」は上に人がふたり、下は白=自として、「多くの人が口をそろえて言う」と説明しますが、古い字形は口(さい)または曰(えつ)となっており、祭式に使う器(=さい)と見るべき、というのが白川静先生の持論です。「一人以上の霊が祭器に降る」というのが原羲だとする新しい解釈です。

 このような原義を持つ木が楷ですから、普通の木ではありえません。実際の「楷」という木は東京湯島の聖堂にあります。写真をご覧下さい。正面に大きな孔子像が立っています。聖堂の解説によると「大正4年、林学博士・白澤保美が孔子の墓所から種子を持ち帰って育てたもの」だそうです。弟子の子貢が孔子先生の墓所に植えた木で、当時はこの木の持つ呪術性が生きていたのでしょう。中国では古くから特別視されている木なのです。

 楷の木は「うるし科」、雌雄異株であり、花が咲くまで30年もかかるため、日本ではほとんど見られません。さて、字の話にもどって「楷」の字は「整ったやり方=楷式」の意味に使われ、それが「きちんと整った書体」である「楷書」につながったと考えられます。もちろんこの木も枝葉の整然とした樹形を有しているわけで、私の写真は今、芽吹く前の姿。枝の様子がわかるでしょうか。イマいちですね。ぜひ御茶ノ水までお出かけください。

 減らず口をひとつ。孔子は春秋時代の人。篆書しかなかった時代です。楷書の完成は唐だとされていますから、楷書の発生も孔子よりずっと以降でなければならず、孔子と楷の木とは墓所の縁だけで「楷書」とは縁がなかったはずです。大きな孔子像の前の楷の木は、孔子が楷書を書いていたような錯覚を、知らない人に与える恐れがあります。

掲載日時 2009 年 03 月 30 日 - PM 02 : 14

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