59 アベコベ
「我は海の子白波の」という歌(文部省唱歌)があります。私の妹は幼い頃「煙たなびくとやまこそ」と歌っていました。たしかに「苫屋(とまや)」は子供にとって難解な単語なので、なじみのある身近かな言葉におきかえたのです。
かの向田邦子さんですら、画家モヂリアニをモリヂアニだと思っていたと随筆にありますから、誰もがこうした幼児体験に心あたりがあることでしょう。大人になってアベコベだった、と知ったときの感動を味わうためにも、ほほえましい覚え違いはかえって人生を楽しくします。
書家が字をアベコベにしたら、ほほえましいでは済みません。いつの間にか上下の漢字を逆に書いて気付かないことがよくあります。「今人自ずから来往す(裴廸(はいてき)の詩)」の「来往」を「往来」と書くようなたぐいです。半紙にたくさん稽古した時には、最終的に原詩とつき合わせて確かめる用意をしなければ表装には出せません。点画に気をとられているうちに、気になっている字を先に書いてしまったりするものです。また、なじみのない「来往」を、なじみのある「往来」におきかえてしまうこともありましょう。このような時には、漢詩は外国語なのだ、とつくづく思います。
テレビを見ていたら「お手々のシワとシワを合わせて幸せ」と、女の子に言わせている仏壇のコマーシャルがありました。(全国ネットなのか、東京だけなのかわかりませんが)。この台本を書いた広告会社の人は「しあわせ」を「しわあせ」と思い込んでいるようです。シワとシワを合わせても、残念ながら「しあわせ」にはなるまい、と思わず減らず口をたたいてしまいそうな珍作です。
掲載日時 2010 年 03 月 08 日 - PM 03 : 21
