42 書は人を表すか
書にまつわる身近かな話題を書いてみたいと思っています。
「書は人を表すってほんとうでしょうか?」と聞かれることがよくあります。悪筆ではないのに自分では悪筆だと決めていて、これが自分だとしたら、醜悪な顔をさらしていることに耐えられない、できれば字を書かないで過ごしたい、という謙虚なかたが、書家の私に聞くわけです。
書家も商売ですから「もちろん表します」と偉そうに言い放つ。「私に習って立派な字を書くとあなたの不安は解消しますよ」と親切ごかして言うのです。
でも、字が人格を表すというのは本当でしょうか。「これが立派な人格を表している私の字であるから、手本にしなさい」と言う書家があるとする。こんな傲慢な自信家にろくな人間はいません。
きれいな字を書く人はみんな美人でしょうか。「書は人を表す」という言葉の嘘は明らかです。
けれども先ほどの人はこの程度の答えでは引き下がりません。「私の癖字はすぐにあの人の字、と分かられてしまう。実際に私の字は私の顔写真なんです。字は体を表す、っていうことですね。書家ではなく、政治家や文筆家や僧侶など立派な字を残している人は多くいます。こういう人たちの筆跡も人格とは無関係なのでしょうか。」
なかなか良いところを突いています。しかしそれは人格と書とを混同しすぎています。字を稽古すればどんな人でも上達します。しかし、それが人格の訓練になっているでしょうか。それにはまた別の訓練が必要なのではないでしょうか。
掲載日時 2009 年 06 月 20 日 - PM 07 : 45
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